| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-182 (Poster presentation)
人間活動に起因する気候変動は、生態系に深刻な影響を与えるだけでなく、人々の自然とのふれあいを減少させる恐れがある。この自然体験の減少—「経験の消失」—は、人の健康・ウェルビーイングおよび自然環境の保全にさまざまな負の影響を及ぼしうる。しかし、これまで経験の消失は都市化の文脈で議論されており、気候変動がこの現象を加速させる可能性はほとんど議論されていない。
本研究では、気候変動が経験の消失に与える影響を、文献レビューと実証研究を通じて検討した。行動変容モデル(COM-Bモデル)に基づく文献レビューでは、気候変動が経験の消失を以下の3つの経路を通じて促進することが示された。「機会」の減少:生物分布の変化や極端気象の増加により、自然とふれあう環境が失われる。「動機」の低下:猛暑による健康リスクや快適性の低下が、自然体験を避ける行動を助長する。「能力」の減退:高温環境が体調を悪化させ、屋外活動が困難になる。このことから、気候変動による夏季の高温が、経験の消失を加速させる要因となる可能性が示唆された。
そこで実証研究では、夏季の暑熱が都市住民の緑地利用に及ぼす影響を分析した。対象は札幌市の主要な都市緑地20か所とし、2023年8月の札幌の平均気温が過去10年の平均より2.7℃高かったことを踏まえ、高温が緑地利用人数に与える影響を定量化した。スマートフォンの位置情報データを活用し、湿球黒球温度(WBGT)と緑地利用者数の関係を、傾向スコアマッチング(PSM)および線形回帰分析を用いて分析した。その結果、WBGTが28℃を超えると、都市緑地の利用者数が顕著に減少することが確認された。PSMの推定によれば、札幌市内の都市緑地の利用者数は高温により1,781人減少していた。この結果は、夏季の高温が都市住民の自然体験を抑制し、気候変動が経験の消失を加速させる可能性を示している。