| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-009 (Poster presentation)
ブナ(Fagus crenata)は、北海道から鹿児島県まで分布する日本の固有種であり、森林生態系を代表する樹種の一つである。ブナ林の分布と気候条件との関係は、既往研究が多くあり、吉良の暖かさの指数(WI)45~85℃・月の範囲(冷温帯)に分布するとされる。またブナと同属のイヌブナ(Fagus japonica)は、岩手県から九州にかけての寡雪地域に分布し、表層土壌が不安定な立地において、群落を形成する固有種である。イヌブナは冷温帯の中央にあたるWI 60℃・月前後を分布の上限とし、暖温帯上部のWI 95℃・月付近に分布の下限を持つとされる。
一般に、自然林の優占種は、適地で高密度に分布するが、密度を下げながらも辺縁の立地に生育することが知られている。適地のブナ林の研究は多いが、ブナの分布下限の分布調査事例は少ない。イヌブナでは、さらに情報が限られる。そこで筆者らは、筑波山ブナ林保護対策委員会の活動の一環として、茨城県内のブナ、イヌブナの分布下限の実態を明らかにすることを目的に、分布調査を行った。
その結果、標高400m以下の地域で、ブナとイヌブナの生育を多数確認した。ブナとイヌブナの分布下限標高に大きな違いは認められず、WI 85~105℃・月の暖温帯上部にブナが16地点、イヌブナが28地点記録され、105~110℃・月の範囲にも2地点ずつ記録された。このように、ブナ林が成立可能とされる範囲を越えた、温暖な低標高域にまで、密度を減らしながらもブナの小規模な個体群は分布していた。イヌブナについても、既往研究の報告よりも、さらに温暖な地域で分布が確認された。
これら分布下限域のブナ属個体群は、ブナ属の分布変遷の歴史を推測する上で重要であり、現在進行する土地利用変化や温暖化に脆弱な個体群でもある。また、これらの個体群は地域絶滅の危機に瀕しており、モニタリングや地権者・地元住民への存在意義についての説明など、保全対策が必要である。