| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-027 (Poster presentation)
日本の植物区系の一つである襲速紀要素は、四国や九州、紀伊半島に特徴的な分布をもつ植物群を指す。これらの地域のみに固有に分布する種だけでなく、本州に分布がある種でも、襲速紀の地域を変種として扱う植物も存在する。集団の成立背景の解明は遺伝資源を保全する上で重要な情報であるが、この地域に着目した樹木の分布変遷を検証した事例はこれまでにない。
そこで、本研究では襲速紀の持つ遺伝的特殊性の成立背景を明らかにするために、四国を対象にマツ科樹木4種の遺伝構造と集団動態を評価した。具体的には、四国での分布標高が異なるシラビソ(Abies veitchii)、ウラジロモミ(A. homolepis)、コメツガ(Tsuga diversifolia)、ツガ(T. sieboldii)について、MIG-seq(Multiplexed ISSR Genotyping by Sequencing)法を用いて本州各地および襲速紀の地域の遺伝情報を網羅的に取得し、地域による遺伝構造の違いを調べた。さらに、近似ベイズ計算を用いて集団動態モデル比較と成立年代の解析を行った。
その結果、低標高に分布する種では明確な遺伝構造が見られず、高標高に分布するシラビソとコメツガは、襲速紀の地域で特徴的な遺伝構造を示した。より明瞭な遺伝構造が見られたシラビソでは、IBD(Isolation by distance)解析や主座標分析の結果、襲速紀の集団は、本州の集団に比べて集団間の遺伝的な分化度が高いことが明らかとなった。さらに、この2種の襲速紀集団の成立した年代は十万年〜数十万年前であることが推定された。
これらの結果は、襲速紀要素において従来考えられてきた第三紀起因説に反しており、第四紀気候変動と四国の山地および海峡の特殊性により、高標高に分布する集団が孤立して遺伝的分化が進んだことを示唆している。今回の研究対象は樹木であったが、草本における先行研究では第三紀に起因した種も存在しており、多様な成立背景を含むことが考えられる。