| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-040 (Poster presentation)
限りある地球の自然環境や生物多様性の損失に歯止めをかけ,回復傾向に向かわせる「30by30」や「ネイチャーポジティブ」に注目が集まっている。わが国においても,ネイチャーポジィティブ実現に向けた重要な取り組みの一つに30by30目標を位置づけている。現在,日本の取り組み状況は陸域20.5%,海域13.3%を国立公園などの保護地域として保全しているが目標には届いていない。目標達成の鍵になるのが自然共生サイト(OECM)である。
本発表では日本ワイン用のブドウ生産により維持される生物多様性を評価・可視化することが自然共生サイトとして正式認定につながった研究事例を紹介する。長野県上田市の椀子ヴィンヤードでは,土壌保全などの観点から草生栽培を実施している。草生栽培と垣根式のブドウ栽培により,独特な草原景観を形成している。このヴィンヤードにおいて生物相調査を実施した結果、希少種を含む289種の草原性植物、168種の昆虫類(鳥類・トンボ類)が確認された。半自然草地に代表される二次草原の減少が顕著である現在において,ヴィンヤード及びその周辺の草地環境は貴重な二次草原であり,草原性の植物や昆虫のハビタットとして機能している。
ヴィンヤードを管理する企業は,以上の結果を活用して自然共生サイトに申請し2023年に正式認定を受けた。ブドウ栽培により維持される生物多様性を積極的に内外に広報し,社内ボランティアやNPOを活用した草原再生や生物相調査をCSV活動の一環として実施している。また,地域住民の環境教育の場としてもヴィンヤードを開放している。ワイン生産を通じて維持される里山の生物多様性を守りながら企業価値を高めていく試みは,今後の社会にとって示唆に富む事例だと考えられる。これらの試みを報告し,里山における生物多様性を保全する新しい考え方について議論したい。