| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-042 (Poster presentation)
樹木実生の展葉時期は同一個体群内でも個体差がみられ,実生の生死に影響を与え得る形質の一つである。実生の展葉時期には遺伝要因や表現型可塑性が影響する一方,遺伝要因等の形質および生育環境が与える影響を統合的に解析した例は少ない。さらに近年,実生の形質や生死には周囲の同種成木や同種実生が正負両方の影響を持ち得ることが示されてきているが,これらが展葉時期に与える影響は明らかにされていない。本研究では,冷温帯で優占するブナを対象に,実生の展葉時期が若齢実生個体群の動態に与える影響を明らかにすることで,ブナ混交林の更新動態の理解を試みた。
岡山県若杉天然林内に設けた30m×50m調査プロットに2m×2m方形区を30区画設置し,2022年春に発芽したコホート518個体の展葉完了時期を2024年まで毎年1回記録した。1歳時に葉を採取し,208個体の遺伝解析を行った。さらに,一般化線形混合モデルを用い,まず展葉開始時期が適応度に与える影響を検証するために,展葉完了時期と生死との関係を,次に展葉時期に何が影響するのか検証するために,展葉完了時期と形質および生育環境,母樹との関係を解析した。
発芽当年および樹齢1年の実生は展葉が早いと生存に有利であり,母樹に近い,または特定の母樹由来の実生で展葉完了が早かった。また,展葉に影響した母樹由来の実生が樹齢1年のコホートで優占し,遺伝要因が展葉,ひいては生存に影響したことが示唆された。一方,樹齢2年では,展葉完了時期と生死や母樹との有意な関係はなく,前年の展葉が早い,または積雪が少ない場合に展葉完了が早かった。以上より,樹木実生の生死を左右する展葉時期は,ごく若齢期には母樹からの遺伝的な影響を強く受けるが,その後は母樹の影響が薄れて生育環境に応答することが示唆され,個体の齢や遺伝構造が森林の更新過程初期に作用する因子であることが示された。