| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-090 (Poster presentation)
ヤドカリ類は脱皮成長に伴い貝殻を変更するが、野外では空き貝殻が少ないため、ヤドカリ個体間で交換する殻闘争行動によることが多い。殻交換は、攻撃を仕掛ける側 (以後アタッカーとする) が攻撃を受ける側 (以後ディフェンダーとする) の殻に自分の殻を打ち付ける攻撃行動(打突行動)をした後、ディフェンダーが殻から出て、互いの殻を入れ替えることで成立する。アタッカーの攻撃は熾烈には見えず、ディフェンダーは殻から出る際には脆弱な腹部を曝け出すため捕食リスクが高まるのにも拘わらず、なぜアタッカーの緩い攻撃で諦めるのか疑問である。そこで本研究は、殻闘争行動において捕食リスクがディフェンダーの行動に与える影響を明らかにすることを目的とし、ホンヤドカリPagurus filholiを用いて室内実験を行った。ディフェンダーを新たな人工海水または捕食者の飼育水に浸した後に殻闘争実験を行った。捕食者にはイシガニCharybdis japonicaを用いた。解析では、人工海水と捕食者水の条件で殻交換の成否および殻交換成立時の闘争時間を比較した。その結果、殻交換の成否に関しては、ディフェンダーに対するアタッカーの体重比が大きいほど成功する統計上有意な傾向が見られた。そして、捕食者水の方が殻交換しやすかった。一方、闘争時間の解析では、捕食者水の時の方が、また、秒あたり打突数が多いほど有意に短時間で交換が起こる傾向が見られた。人工海水では総連数(連=ひとまとまり複数回の打突)が多いほど闘争時間が長くなるものの、捕食者水ではその傾向が緩和された。すなわち、捕食リスクを認識した際にディフェンダーが容易に殻をあきらめる傾向が示された。これらの結果から、アタッカーの打突攻撃が捕食リスクを想起させる感覚トラップとなり、捕食リスクを認識した場合にディフェンダーが容易に殻を諦めることに繋がっている可能性について考察する。