| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-137 (Poster presentation)
気候変動は地球規模で生態系に重大な影響を及ぼしており、特に草原生態系における家畜生産への影響が懸念されている。モンゴルでは気温上昇や降水量の減少により、干ばつの激化や雪解け時期の早期化が予測され、自然草地に依存する遊牧システムへの影響が懸念されている。これまで複合的な気候要因が草食動物の生産性や健康に与える影響については、包括的な解析が行われていなかった。
本研究では、モンゴルの北部ステップから南部ゴビまでの気候条件の異なる12地点において、気候要因が植生を介して放牧羊の生産性と健康性に与える直接的・間接的影響を解明することを目的とした。2023年と2024年の8月に各地点で気象データの収集、衛星画像によるNDVI測定、牧草のME分析を行い、各地点20頭の雌羊を対象に体重測定、血液検査、寄生虫検査を実施した。また、遊牧民への聞き取り調査により羊の生産性データを収集し、構造方程式モデリングにより分析した。
分析の結果、前年9月の平均気温の低下と前年8月の降水量の増加が、前年10月の植生量を増加させ、これが翌年の雌羊一頭あたりの産仔数と体重を向上させることが明らかになった。また、調査年6月の平均気温の上昇は、羊の腸内寄生虫密度を増加させる一方で、植生の栄養価も向上させ、この栄養価の向上が寄生虫密度を低下させるという相反する効果を持つことが判明した。
本研究により、気候変動が家畜生産に与える影響には、植生を介した間接効果と時間差が存在することが実証された。この知見は、気候変動下での遊牧の持続可能性を高めるための適応策として、(1)夏季の降水量に応じた冬季の補助飼料準備、(2)地域特性に応じた放牧管理、(3)初夏の気温上昇時期における寄生虫対策と栄養管理の両立を示唆している。これらの成果は、気候変動下における持続可能な遊牧システムの確立に貢献する科学的基盤を提供するものである。