| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-138 (Poster presentation)
社会性昆虫であるアリはコロニーを形成し、そのメンバー間で栄養交換を行う。多くの種では、口移しや固形餌の直接の受け渡しにより栄養交換を行うが、一部の種は「栄養卵」という孵化しない、食料用の卵を利用することが知られている。しかし、栄養卵はその他の方法と比較して時間や産生コストがかかると考えられ、その利点は明確ではない。また、栄養卵産卵の有無やその詳細な生態が不明な種は多く、栄養卵の意義や機能について明らかにした研究も限られている。
我々はヒメキアリ(Plagiolepis flavescens)の巣内に大きさが異なる2タイプの卵があることを発見した。卵の発生運命を追跡すると大型の卵は孵化するが、小型の卵は孵化しなかったため、これらは栄養卵であると結論づけた。本研究ではヒメキアリの栄養卵に関する生産・消費パターンを詳細に記述し、その意義・機能の推測を行った。コロニーを観察した結果、栄養卵はワーカーによって産卵され、女王と幼虫によって摂食されていた。また、成虫・幼虫ともに口移しでの栄養交換も行い、幼虫は固形物の餌も摂食していた。栄養卵は巣内での仕事を行う内勤ワーカーが産んでいた。なお、本種のワーカーは基本的に卵巣小管数が1対であり、他のアリで知られているような栄養卵の産卵に専門化した大型のワーカーは存在しなかった。
栄養卵のみを栄養交換に用いるアリ種もいる一方で、ヒメキアリの給餌様式は多様であり、コロニー内の栄養分配に対する栄養卵の寄与は小さいと考えられる。また、ワーカーの形態的特殊化も小さいことから、栄養卵の重要性は低い可能性がある。さらに、多くの種において栄養卵の卵殻は薄く、すぐ他個体に消費される傾向があるが、ヒメキアリの栄養卵は卵殻が厚く、巣内で長期間置かれていたことから「保存食」として餌資源の不安定性を緩衝する機能をもつことが示唆された。