| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-202 (Poster presentation)
ナギ(Nageia nagi)は、日本の本州南西部から中国大陸にかけての暖温帯常緑広葉樹林に分布するマキ科ナギ属の針葉樹である。国内では沖縄県のやんばる地域や屋久島、高知県の室戸岬周辺などの照葉樹林内に稀にみられる。また本種は宗教文化との関わりが強く、社寺境内での植栽が多くみられ、奈良県の春日山では八世紀の献木が由来とされるナギの純林が存在する。多様性が高い照葉樹林内に特異的に自然分布すると考えられる本種は、日本列島の暖温帯植生の形成過程を調べるうえの恰好の材料である。しかしながら、これまで自生集団の遺伝的関係は明らかになっておらず、また植栽個体の由来も調べられていない。そこで本研究では、東アジア地域から植栽個体を含むナギ19集団146個体とナギ属近縁種2種を採集し、核SNP情報および葉緑体ゲノム配列に基づいて分子系統地理学的解析を行った。MIG-seq法によって得られたゲノムワイドSNPsを用いた遺伝的集団構造解析の結果では、まずナギの大陸産個体と日本列島産個体の間で明瞭な系統分化が見られた。日本列島の個体は、紀伊半島から屋久島までの北系統と、奄美大島から台湾にかけての南系統の大きく2つのクラスターに分かれた。また解析した春日山産ナギは北系統に含まれたが、詳細な産地までは特定できなかった。春日山産のナギの遺伝的多様性は他集団と同程度であったため、植栽の際には多くの個体が持ち込まれた可能性がある。一方、ナギの大陸産と日本列島産個体、ナギ属近縁種の葉緑体全ゲノム配列を解析したところ、大陸産個体と日本列島産個体の分岐年代は28.4万年前と推定された。また葉緑体SNPマーカーを作成してリシーケンス解析を行ったところ、琉球列島や中国大陸の個体でハプロタイプの混合がみられた。したがって、ナギは更新世後半以降急速に大陸と日本列島の間で分化し、その後日本列島内ではトカラ列島周辺を境界とした系統分化が起きたと考えられる。