| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-227 (Poster presentation)
植物は多様な揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds : VOCs)を空気中に放出する。植物が放出するVOCsは、植食者の忌避をはじめとする生物的ストレスを緩和する機能や、高温ストレスを緩和する機能などが知られている。生物ストレスや高温ストレスは一般に低緯度ほど高くなることが指摘されており、この環境ストレスの緯度勾配に沿って、各植物種が放出するVOCsの組成も緯度に沿ったパターンを示す可能性がある。そこで本研究では、植物種のVOCsの組成は各種の生育する緯度に沿って異なるという仮説を検証した。同一環境で栽培した異なる緯度に生育する日本産ブナ科18種の苗木を対象としてVOCsの組成を比較した。得られたVOCsの組成データと各種の分布データから算出した各種の平均的な生育地の環境条件を評価し、VOCsの組成と生育地の環境条件との関係性を解析した。最後に、緯度に沿って変化することが知られている生活史形質である常緑性・落葉性とVOCsの組成についても比較した。その結果、低緯度の種ほどモノテルペン類の占める割合が多く、高緯度の種ほどGLVsの占める割合が多く、VOCsの組成に緯度クラインがあることが示された。VOCsグループごとの放出量と各種の生育地の気候条件を比較したところ、モノテルペン類については平均気温・平均降水量が高い生育地の種ほど放出量が多く、GLVsに関しては平均気温・平均降水量が低く、平均日射時間が短い生育地の種ほど放出量が高い傾向があった。また、VOCsの組成は常緑性の種と落葉性の種の間で異なり、常緑性の樹種はモノテルペン類が、落葉性の樹種はGLVsが主要な成分であった。これらの結果は、ブナ科における種間のVOCsの緯度クラインの形成に、生育地の気候条件と生活史形質(常緑性・落葉性)が重要な要素であることを示唆している。本研究が示したVOCsの組成が緯度に沿って変化するという結果は、VOCsの機能が植物の地球規模の環境勾配への適応において重要な役割を果たしてきた可能性を示唆している。