| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P3-229 (Poster presentation)
生物の種分化プロセスを理解するために、隔離機構を解明することは重要な課題の一つである。隔離機構には複数の要因が知られており、雌雄の交尾器形態の不一致がもたらす機械的隔離もその一つである。機械的隔離はオオオサムシ亜属やヤスデ類等で知られており研究が進められてきた。
本研究ではサラグモ科ヤミサラグモ属(以下、本属)に着目して研究を行った。本属の大きな特徴は、メスの生殖器とオス触肢が協調的に変異しており、交接時にオスが触肢を使ってメスの突出した生殖器を挟み込む際の構造の不一致によって隔離が成立することである。オスの触肢は複数の部位で構成されており、精子輸送の役割を担う部位の一つであるEmbolic divisionと、精子輸送に関わらないものの、交接時に生殖器の相互作用に関与する構造であるParacymbiumという2つの部位が隔離機構として働いているとされている。したがって本研究ではヒコサンヤミサラグモ(以下、本種)を用いて、生殖器の地点間での形態比較と交配実験、分子系統解析を通して地域間の形態変異の検出や生殖隔離の成立を検証した。その後、隔離機構の解明を目指して生殖器の機能形態学的研究を行った。その結果、本種はEmbolic divisionの発達が弱く地点間での変異が小さかったが、Paracymbiumや触肢の符節にあたるCymbiumには変異がみられたことに加えて、交配実験においても形態差のあるグループ間では交接が完了しないことが示された。また、分子系統解析では形態および交配実験で観察された分化を明確には反映しなかったが、地点間での遺伝的分化が見られることが示唆された。さらに、生殖器の機能形態学的研究では新たにCymbiumが雌生殖器の把持に役割を持つことが示唆された。以上の結果から、本種も本属の他の種と同様に機械的隔離が成立するが、その機構は異なることが示唆された。