| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S03-3 (Presentation in Symposium)
数百~数千年にわたって継続している歴史の古い草原は保全優先度が高い生態系の一つとして注目されている。かつて放牧や茅採集などによって成り立っていた半自然草原は管理放棄によって急速に失われた。残された草原では主な管理目的が観光・景観維持へと時代に応じて変化しているため、草原の保全に対する動機付けや観光資源活用にとって、草原の審美的価値が鍵となる。しかし、草原の様々な環境価値への関心が高まる一方で、審美的価値の研究は遅れている。特に、草原の歴史の古さが審美的価値に与える影響や、年齢や自然知識などの個人的背景が野外の多様な花に対する選好性に与える影響は見過ごされてきた。そこで本研究は、歴史の古い草原の花は審美的価値が高いか、花に対する好みが個人的背景によってどのように変化するか、を検証した。
長野県菅平高原において300年以上継続している古草原68地点と、一度植林されて再草原化した継続年数70年以下の新草原49地点の植生データから植物種ごとの古草原依存度を求めた。日本の10000人を対象に同地域で撮影した160種の花写真を用いたオンラインアンケートを行い、各種に対する相対的な審美的選好度を求めた。
その結果、人々は古草原依存種をより好み、その傾向は自然経験(自然知識・年齢)が豊かな人ほど顕著だった。これは、多くの人が特に好む青色の花が古草原に多いこと、自然経験が豊かな人ほど好む下向きの花が古草原で多い傾向があることで説明できる可能性がある。
歴史の古い草原がもつ多様な人々にとっての高い審美的価値は、観光資源としての活用が期待でき、さらに保全への動機付けにもつながりうる。自然経験の豊かな人ほど古い草原の花を美しく感じることから、自然経験の機会の減少は古い草原に対する保全動機の減少につながることが懸念される。観光によって多様性の豊かな歴史の古い草原を活用することで、自然経験の場としても重要な役割を果たすだろう。