| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) S06(O)-02 (Oral presentation)
ニホンジカの個体数の増加にともない,森林生態系の劣化が日本各地で問題となっている.広域におけるシカの生息地利用は明らかになってきたがより狭い地域での環境選好性を明らかにすることが,回復力を失いつつある生態系の効果的な植生回復や効率的な捕獲のために必要である.本研究はシカの過採食が進んだ天然林で,シカがどのような地形・植生を利用し,人間活動の多寡に応答しているかを明らかにすることを目的とした.
京都大学芦生研究林の約160haの天然林に,自動撮影カメラを37台設置し,2021年9月から2022年12月までシカを撮影した.芦生研究林では2000年頃からシカの過採食で下層植生が衰退し,裸地化・森林更新阻害が進行している.また,積雪の深い冬季を除いて研究教育やレクリエーションなどで年間約八千人の利用者が訪れる.シカの選好性を左右する要因として,カメラ周辺の植生や開空率,斜度,人間が多く利用する歩道からカメラまでの距離や1日あたりの入林者数を求めた.
各カメラのシカの1日あたりの総撮影回数は,その日の入林者数では説明されなかった.しかし薄明薄暮(日出・日没の前後1時間)でなくても入林者のいない時間帯(17:00~8:00)にシカは多く撮影され,逆に薄明薄暮(日出・日没の前後1時間)であっても入林者が多い時間帯(8:00〜17:00)には撮影頻度が低下した.一方,入林者が少ない3〜4月には,入林者が多い時間帯と入林者の少ない時間帯の撮影頻度が同程度となった.以上より,シカが入林者の多い時間帯を早春以降に学習し,その時間帯を避けて活動していると考えられた.
季節ごとの総撮影頻度は広葉樹率または開空率が高い場所で高かった.このことから,広葉樹の落葉や湿原の不嗜好性植物の下層に生えている嗜好性植物などの局所的な餌資源が存在する場所に活動が集中していると考えられた.
本研究で明らかになったシカの環境選好性は,植生の保全やシカの個体数管理に応用できると期待される.