| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) S06(O)-03 (Oral presentation)
近年,管理放棄された低地の落葉広葉樹二次林が日本各地で広がっており,ニホンジカの生息密度が高まってきている.シカは高い生息密度では餌資源量に応じて採食植物種を変えるとされるが,侵入初期で生息密度が高くない低地の放棄林では,シカは嗜好性の高い植物種を選択的に採食すると予想される.しかし,放棄林の植物種の多くは嗜好性植物とされ,このうちのどの植物種が優先的に採食されるのかは明らかでない.管理放棄され常緑樹やササ類の植被率が高まっている落葉広葉樹二次林におけるシカ食性を通年で明らかにすることは,シカの採食圧が植生遷移に及ぼす影響を考えるうえでも重要である.そこで本研究では,まだシカの被害が顕著でない,丹沢山地と市街地の境目に位置する管理放棄された落葉広葉樹二次林で調査を行った.年間を通して244のシカ糞サンプルを採取し,糞中DNAメタバーコーディング法を用いてtrnL (UAA) intron P6loop領域とrbcL領域の配列を決定し,採食植物種を網羅的に同定した.その結果,シカの採食植物種と各植物の採食量は季節に沿って連続的に変化することが明らかになった.また,シカ個体間でも採食植物種と各植物の採食量には差がある可能性が示唆された.調査地における落葉・常緑・草本・ササ・藤本植物の植被率とそれらの採食割合から嗜好性を評価した結果,落葉樹と藤本植物の嗜好性が年間を通して高いこと,草本は採食量や採食確率は高いが嗜好性はやや低いこと,常緑樹とササ類は年間を通して嗜好性が低いことが示された.落葉期である冬期にも落葉樹や落葉性の藤本の採食割合が高く,落葉や果実等を採食している可能性がある.以上のことから,侵入初期でシカの生息密度が高くない放棄落葉広葉樹二次林では,シカは年間を通して常緑樹やササよりも落葉樹や藤本を嗜好するために,二次林の遷移を促進する可能性があると結論づける.