| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) S06(O)-04 (Oral presentation)
森林の窒素循環は、生態系の生産性を維持するために重要である。九州山地の針広混交林では、シカの採食圧により在来の下層植生であるスズタケが衰退しており、森林内の異なる場所で被害の程度に応じて林分構造が変化している。具体的には、スズタケが現存していた林分(Presence of understory; PU)から、上層木のみが残りスズタケが消失した林分(Non-understory; NU)、シカ不嗜好性の灌木であるアセビが優占する林分(Asebi shrub; AS)、上層木が枯死し、嗜好性の樹種の更新が阻害された林冠ギャップを持つ林分(Canopy gap area; CG)への変化が観察されている。
これまでの研究では、下層植生の有無が窒素循環に与える影響については報告されているものの、上述のような異なる林分構造変化が窒素循環に与える影響については明らかにされていない。そこで本研究では、PUを基準とし、NU、AS、CGにおける植生による窒素吸収量、土壌硝化速度(深さ0~10 cm)、硝酸態窒素の溶脱、および地上部植生の窒素蓄積量をフィールド調査により測定・比較した。
PUと比べ、NUでは土壌溶脱水中の硝酸態窒素濃度が有意に高く、これは硝酸態窒素を多く吸収できるスズタケの衰退が原因と考えられた。窒素吸収量は、PUに比べNUは17%、ASは77%、CGは86%少なかった。また、土壌硝酸態窒素の濃度は、PUに対しNUとASで有意に多かった。この要因として、エリコイド菌根菌を持つアセビが主に有機態窒素を利用することで、硝酸態窒素が土壌中に蓄積した可能性が考えられた。地上部植生の窒素蓄積量は、PUに比べASは71%、CGはほぼ100%少なかった。以上の結果から、シカの採食圧によって林分構造が変化すると、植生の窒素吸収量および窒素蓄積量が減少するとともに、森林土壌の硝酸態窒素が蓄積・溶脱する懸念が示された。