| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) S06(O)-05 (Oral presentation)
シカの採食は植物多様性に影響を与える重要な生態プロセスであるが、その影響は一様ではなく、正負両面の様々な報告がなされている。近年の個体数増加に伴い「シカ害」として森林管理上の大きな課題とされているが、一方で、シカは森林生態系を構成する一部として多くの役割を担っている。今後の森林管理を考えるうえでも、シカの役割を正しく理解し、共存方法を模索することが不可欠である。
知床国立公園では、シカの個体数が増加しているが、天然林の林床植物を調査すると、シカが利用する場所(防鹿柵外)ほど植物多様性が高い傾向が長年にわたって確認されている。この背景を探るため、本研究では老齢林の持つ構造的複雑性に着目した。知床の天然林には直径1mを超える巨木が多く存在し、それらの倒木等が物理的障壁としてシカの移動を制限し、結果として生み出した採食圧の空間的不均一性が植物の多様性に貢献している可能性がある。
この仮説を検証するため、防鹿柵内外で地上レーザースキャニング技術(TLS-LiDAR)を用いて林床(シカが行動する森林下層部)の構造的複雑性を定量化し、林床植物の多様性との関係を解析した。結果として、柵外(シカ在)でのみ、林床の構造的複雑性と植物種数に関係性(負の相関)が見られた。これは、林床の物理的障壁がシカの移動や採食行動を制御し、結果として植物組成の多様性や空間的異質性が高まるという、仮説と一致する結果であった(柵内(シカ不在)の無相関が、林床構造そのものでなくシカを介した多様性への影響を示唆)。
本研究の結果は、森林構造がシカの行動変化を介して植物多様性に間接的な影響を与えることを示しており、森林管理において林床の構造的複雑性を担保することが、生物多様性保全にとって重要であることを示唆している。シカの存在を前提とした森林管理を考える上では、シカ個体数の制御のみならず、森林の物理的構造等の役割も考慮することが求められる。