| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) S06(O)-07 (Oral presentation)
近年の温暖化は化石燃料の使用によるCO₂増加が主因とされるが、人間活動が生態系を介して炭素排出に影響を与える可能性も注目されている。北半球の温帯・寒帯では、人間活動により増加したシカが森林生態系を変化させることで炭素循環に影響を及ぼす可能性が指摘されている。しかし、シカが森林生態系の主な炭素排出機能である土壌微生物群集の分解機能に対して影響を与える可能性は見過ごされてきた。本研究ではシカが土壌微生物群集に与える影響の中でも、シカ死体の腐肉が土壌微生物群集の炭素基質分解多機能性および分解される炭素基質の組成(機能組成) に及ぼす影響を野外操作実験によって明らかにした。特に、腐肉が土壌微生物群集の分解に与える影響は森林タイプ間で異なるか(腐肉設置実験)、腐肉が土壌微生物群集の分解に与える影響を昆虫(シデムシ)はどのように変えるのか(昆虫除外実験)を評価した。
腐肉設置実験は2021年と2022年の夏季に紀伊半島南部の北海道大学和歌山研究林で実施し、シカの頭部を腐肉として人工林・天然林に設置した。昆虫除外実験は2022年に行い、防虫ネットで腐肉へのシデムシの接触を防いだ。両実験共に、腐肉が白骨化後に腐肉直下の土壌を採集し、エコプレートを用いて炭素基質の分解機能活性を測定した。
腐肉設置実験の結果、腐肉は土壌微生物群集の分解多機能性を上昇させ、2021年は人工林、2022年は天然林で特に顕著だった。腐肉設置による機能組成ヘの影響は、2021年は人工林で分散が小さくなり、2022年は両森林タイプで腐肉設置前の組成から変化した。昆虫除外実験では、シデムシを除去すると分解多機能性が増加したが、機能組成には変化がなかった。これは、シデムシが腐肉に塗布する抗菌物質が土壌微生物群集の分解機能を抑制した可能性を示唆している 。
本研究は、人間活動によって増加したシカ死体の腐肉が森林の炭素排出を増加させている可能性を示唆している。