| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
一般講演(口頭発表) S06(O)-09 (Oral presentation)
ニホンジカがもたらす生物多様性の損失や生態系機能の劣化を評価・予測するためには個体密度の時空間トレンドを広域で明らかにすることが欠かせないが、全国への拡張は観測手法や空間ユニットの不統一および膨大なデータ量により容易でなかった。本研究では、確率偏微分方程式に基づく近似ガウス過程モデル (SPDE) を応用したデータ統合アプローチにより、シカの個体密度に関する複数種のモニタリングデータからシームレスな全国個体密度分布の年変化を推定した(ただし、ケラマジカは対象外)。用いたデータは局所的な個体密度推定値、各都道府県で収集している狩猟者の単位努力量あたり目撃数 (SPUE)、環境省が作成した5kmメッシュ分布図の3種で、2014-2018年度を推定の対象とした。推定にはRパッケージINLAによる近似ベイズ推定を用いた。推定の結果、5年間の平均個体数は355万頭 (95%CI: 240万頭, 533万頭) であった。個体密度の空間分布は、過去の調査で明らかになっている植生被害の広域パターンとおおむね対応していた。個体数の年増加率(t+1年目の個体数/t年目の個体数)は5年間相乗平均で0.959 (95%CI: 0.932, 0.986) とやや減少傾向にあり、解析期間におけるSPUEの減少を反映していた。増加率には地域差があり、分布の辺縁部で高い傾向があった。これは移動分散によるものと考えられる。SPDEに基づくデータ統合アプローチは個別の観測手法が抱えている情報の質と空間的な網羅性のトレードオフを乗り越えるポテンシャルを有し、今後得られるデータをさらに加えていくことでより高精度な時空間動態の把握につながると考えられる。