| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S06-3 (Presentation in Symposium)
神奈川県は、1980年代からのシカによるブナ林の林床植生の衰退を契機として、1997年から植生保護柵(以下、柵)を設置するとともに、2003年にシカ管理計画を策定してシカの個体数管理とその効果検証のためのモニタリングに着手した。柵の設置実績は2024年3月時点で延長101km、面積81haに及ぶ。これまでの調査から、柵内では樹木稚樹が定着、成長し、県絶滅危惧種の多年草が25種出現して開花・結実していることを確認した。柵は植物にとってレフュジアの機能を果たしている。個体数管理は、丹沢山地のなかで林床植生の衰退の著しい中高標高域を中心に行われてきた。個体数管理によりシカ密度が5~10頭/km2に低下して林床植生の植被率が高くなってきた場所もある。しかし、その増加はホソエノアザミ(キク科)やヤマカモジグサ(イネ科)などシカの採食耐性種であり、植被率の増加した場所は一部の植生タイプに限られている。
20年以上にわたる柵の設置と個体数管理、モニタリングからわかってきたことは、”シカにより衰退した天然林・二次林の林床植生を、個体数管理により衰退前の種組成と構造に回復させることは極めて難しい”ということである。一方で、柵の設置による種組成と構造の回復は、おおよそ可能であろう。ただし、林床植生が衰退して時間が経過した後に柵を設置すると一部の多年草では回復しないことがある。個体数管理と柵の両方に限界はあるものの、シカに脆弱な植物種の成長にとっては個体数管理による徐々の密度低下よりも一度に採食圧をゼロにする柵の方が効果的であろう。今後は、植生回復の目標に応じて、柵の設置と個体数管理の手段を選択ないし組み合わせることが重要である。また、植生への影響が顕著となる前に個体数管理に着手し、植生への影響が顕著となった場合には柵を選択するといった役割分担も必要であろう。