| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


シンポジウム S06-4  (Presentation in Symposium)

芦生研究林における生物多様性保全にむけた保全研究とその課題【O】【S】
Research and future challenges for the conservation of biodiversity in the Ashiu Forest Research Station【O】【S】

*石原正恵(京都大学)
*Masae ISHIHARA(Kyoto Univ.)

 芦生研究林は近畿地方有数の原生的な森林が残っており、生物多様性保全上重要な地域であり、多くの研究者や研究成果をうみだしてきた。しかし、1990年代後半からシカの過採食により下層植生が衰退し、裸地化・土壌流出が進んだ。その間、シカの過採食に関係する研究や教育が大きく展開された一方、従来の研究・教育は実施が困難になった。本発表では、芦生研究林での研究と保全上の成果を紹介し、この状況を生態系の操作実験かつ社会実験ととらえ、研究の展開を提案する。
 植物相の保全については、総面積30haを防鹿柵で保護してきた。これは研究林の総面積の1%にも満たないが、研究林の広葉草本約600種のうち約30%を保全できている。また市民科学者の調査により希少植物種が地域絶滅寸前であることが明らかになり、遺伝的多様性も考慮したうえで域外保全を7種について開始した。研究が進むなかで、芦生の個体群の遺伝的固有性が明らかになり、地域個体群の保全の重要性が再確認され、関係者間の連携が進み超学際研究へと展開しつつある。
 また多様な研究者により、昆虫・鳥類・微生物群集・魚類・哺乳類など様々な生物相ならびに土壌流出・窒素循環など生態系機能への影響が明らかになり、森林と河川のつながりも明らかになってきた。シカの過採食を受けた生態系は、競争・捕食・共生関係、生食・腐食連鎖、地上部―地下部リンク、生物多様性―生態系機能、生態系サービスなど、生態学のほぼすべての分野が関わる壮大な操作実験と捉えることもでき、より広範な研究分野が参画することが解決の糸口になるであろう。
 食害が25年と長期化することで、植物相の回復力が低下し、林冠ギャップの拡大と森林更新阻害が進行している。様々な研究アプローチを結集し、被害初期から生態系崩壊までの生態系の各状態に応じた統合的な保全再生学の確立が望まれる。


日本生態学会