| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S06-5 (Presentation in Symposium)
日本のシカ問題の研究や対策では地方自治体が中心的な役割を担っているが、国や大学が大局的視座から取り組むべき課題もあり、生態系の長期動態予測はその一つである。シカの増加による植生や土壌への短期的影響と異なり、長期に及ぶシカの高密度状態がもたらす生態系への影響は、予測可能な水準まで理解が進んでいない。本発表では、まずAkashi (2009, Ecol Res) による単純なギャップ動態モデルに基づき、シカ―上層-下層相互作用の長期動態が生態系の状態を変化させるしくみを説明する。モデルの解析結果から、影響の程度が激変する臨界シカ密度の存在や、シカ以外の撹乱要因による非森林化の加速化が示される。発表では次に、同アプローチに基づく新しい研究展開を提案する。上記のモデルは疎林化やシカ個体群の振動等の現象をよく再現する一方、現実に観察されている林相転換の発生は予測しない。これは不嗜好性樹種の存在や、シカの個体群変動に伴う餌のスイッチングが想定されていないためである。このように、長期研究から明らかとなった現実の知見をモデルに反映させていくことで、シカ―上層-下層の相互作用動態の長期予測が改善されるだろう。一次生産速度の異なる様々な森林帯において同様の試みを進めることで、シカ問題の各ステークホルダーが長期的な影響を見通せるようになるだろう。加えて、地球変動とシカ個体群変動の相互作用や、植物種間関係の将来予測など、幅広い生態学的課題への挑戦も期待される。