| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


シンポジウム S07-1  (Presentation in Symposium)

Ecological role of deer in tick-borne diseases【B】【O】

*Hiroyuki MATSUYAMA(Hokkaido Inst. Public Health)

生物の体サイズは生態学的機能と強い相関があるため,大型哺乳類であるシカ類は生態系へ影響力のある役割を果たすことが多いと考えられている。また,日本や欧米では,シカ類の個体数増加は農林業被害といったシカ類と人間社会の軋轢を引き起こしている。そのため,これまでのシカ類の生態学的研究では,生態系機能や軋轢に関する研究に焦点を当てられることが多かった。一方,シカ類の個体数増加が人獣共通感染症へ及ぼす生態学的影響はよく分かっていない。特に,シカ類の個体数増加は,シカ類が病原体を媒介するマダニ類の宿主となり,マダニ個体数増加を介して人間とマダニの遭遇率を増加させ,マダニ媒介感染症の感染リスクを増大させることが疑われている。しかし,その実証例は乏しく,未知の経路も存在すると考えられる。これは,従来,日本のマダニ媒介感染症に関する研究は,医学や獣医学によるマダニや既知あるいは新規の病原体の分布状況といった疫学的知見の蓄積が進展する一方で,生態学によるマダニと生態系の関係といった生態学的知見が乏しいためであると考えられる。マダニ媒介感染症の生態学的研究を進展させることは,感染リスク低減に向けた生態系管理の策定に貢献するだけでなく,生態系と人間の関係を分かりやすく提示できるため,生態系保全に対する社会の理解や賛同を得やすくなる効果も期待できるかもしれない。
そこで本講演では,シカ類とマダニ媒介感染症の関係を調べた先行研究を概観する。その上で演者がニホンジカ,マダニ,細菌,マダニ媒介細菌感染症の患者数をモデル系として講演者が野外観察,野外操作実験,公開データの解析で明らかにしてきたニホンジカの個体数増加がマダニ媒介細菌感染症の患者発生数に及ぼした影響について紹介する。最後に,今後のシカ類とマダニの関係における課題点を整理することで,生態学者が人獣共通感染症の研究に貢献し得る可能性を議論したい。


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