| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S07-7 (Presentation in Symposium)
多包条虫Echinococcus multilocularisはアカギツネを終宿主、エゾヤチネズミを中間宿主とする寄生虫であり北海道に広く分布している。アカギツネの感染率は実に30-40%もの高水準で推移しており、ヒトの新規症例も年間約20件前後が報告されている。現在、公衆衛生上の脅威となっている多包条虫であるが、本寄生虫は20世紀中ごろに人為的な動物の移動に伴って国内に移入され、その後拡散した外来種であるとされてきた。しかし、本仮説は歴史的資料から得られた推察に過ぎない。
演者らは遺伝学的観点から多包条虫の移入や拡散伝播へ知見を得るべく、その集団遺伝構造の解析を展開してきた。まず、ミトコンドリアゲノムの解析によって北海道内の多包条虫は全道で検出されるハプログループEmAと、道東部でのみ検出されるハプログループEmBの2集団に分かれることが明らかとなった。またEmAはアラスカのセントローレンス島のグループに、EmBは中国四川省のグループに近縁であることを示し、道内の多包条虫が海外の複数地点に起源を有することを示唆した。続けて、各ハプロタイプの地理的分布と宿主個体内における頻度を正確に評価すべく、複数ハプロタイプを同時に検出できるdeep amplicon sequencing法を開発した。本手法をキツネの腸管内成虫および糞便検体に応用した結果、道東部では2集団が混在し、キツネ1個体への共感染が生じていることが確認された。さらにMIG-seq法による核ゲノムワイドSNP解析を行ったところ、道東部では2集団間での交雑が生じ、独自の遺伝的背景を持つ集団が形成されていることも明らかとなった。
本シンポジウムでは、多包条虫の移入・拡散に関する歴史的背景を踏まえこれら一連の研究について紹介するとともに、将来の多包条虫コントロールの展開についても議論したい。