| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S10-5 (Presentation in Symposium)
田んぼで生物調査を行う際、調査対象とする分類群の選定や同定の深さはどこまで必要なのだろうか?演者は滋賀県内200地点以上の水田で、魚類を中心に貝類、両生類、爬虫類、水生昆虫など目につきやすい生物を広く調査し、県内初記録種や分布拡大の知見を得てきた。現場で複数の分類群を同定できることが、こうした発見につながっている。大型の生物は農家や地域住民との会話のきっかけになりやすく、親しみや思い出話を通じた交流の要素となる。自然観察会でも対象にしやすく、また日常の農作業で発見された質問を通じて新たな情報が得られることもある。一方で、水田には1cm以下の昆虫類、クモ類、甲殻類、ミジンコ類、藻類などの小型生物も数多く生息している。これらは食物網や物質循環において重要な役割を果たしているが、見過ごされがちである。小型生物の調査には専門知識と時間が必要で現場対応が難しいが、農薬影響の評価や生態系健全性の把握には欠かせない。調査目的に応じた柔軟な分類群の選定が重要となる。分類群の選び方は地域のニーズや目的で変わる。水田生態系の保全や地域振興を目的とする場合、見た目に特徴がある生物や地域に馴染み深い種を対象とすると関心を引きやすい。演者が関わった自然観察会では、カエルやドジョウ、タイコウチなどが子ども達に人気であった。こうした生物への関心は生物多様性保全意識の向上につながる。
どの分類群をどこまで分類するかは資源や専門家の有無にも左右される。限られた時間と人員で広域調査を行う際は、大型で目立つ生物を優先することで地域への情報提供が円滑になる。一方、研究や詳細な生態系評価には幅広い分類群の調査と生息環境の深掘りが必要である。田んぼの生きもの調査は種の記録にとどまらず、地域社会とのつながりや環境保全への一歩となる。