| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S14-3 (Presentation in Symposium)
火星の環境を考えたとき、地球との決定的な違いの一つが重力である。火星の重力は 0.38 G で、地球の約3分の1にすぎない。このような重力環境で植物がどのように成長するのか、そもそも地球上の 1 G という重力が植物の成長にどのような影響を及ぼしているのかは、まだ十分には解明されていない。近年、遠心力を活用した植物栽培実験や宇宙環境を利用した微小重力実験から、陸上植物には抗重力反応と呼ばれる重力応答が備わっていることが分かってきた。抗重力反応とは重力に対抗できる体を構築する反応で、植物は茎の異方性成長と細胞壁剛性を調整することにより重力環境に適応していることがわかってきた。しかし、この抗重力反応が、小さくて維管束組織を持たないコケ植物にも存在するのかどうか、また、陸上植物の進化の過程でどのように獲得されてきたのかは不明である。そこで、陸上植物の系統の基部で分岐したコケ植物の抗重力反応を検証するため、微小重力(µG)および過重力(10 G)環境がヒメツリガネゴケ茎葉体の機械的性質にどのような影響を及ぼしているのかを調べた。その結果、µG では茎が細長く、10 G では太短くなることが確認され、コケ植物にも抗重力反応の存在が確認された。しかし一方で、茎の曲げ剛性は重力環境によらずほぼ一定であり、これは細い茎では弾性係数が大きく、太い茎では小さくなるためと考えられた。つまり、茎葉体の材質は、µG 環境では硬く、10 G 環境では柔らかくなることが示され、これは維管束植物からの予想とは異なる結果であった。さらに、その要因として、コケ植物では細胞壁剛性が重力により変化しないためであることが示唆された。コケ植物は維管束植物と比べ、成長に伴う重力の影響がそれほど顕著ではない。そのため、コケ植物では、茎の曲げ剛性を一定に保つ仕組みにより、地球の重力環境に適応してきたものと考えられる。