| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S16-3 (Presentation in Symposium)
花の香りは特定の送粉者を花に誘引することにより植物の繁殖成功を助ける重要な形質であり、その送粉者に対する嗅覚信号としての役割は虫媒の起源より現在に至るまで維持され、進化してきたと考えられる。花の香りを構成する物質は極めて多様であるため、花の香りは送粉者に対する複雑で特異的な信号として働き、それゆえその個々の花香物質の進化による変化は送粉者の転換による植物の種分化を引き起こすと考えられる。このことは、花の香りが自然選択の標的となり、植物の多様化の原動力となることを意味する。日本で顕著な多様化を遂げた3つの植物群、すなわちユキノシタ科チャルメルソウ属、ウマノスズクサ科カンアオイ属、サトイモ科テンナンショウ属はいずれも多くの場合目立たない花色の花をつけ、種ごとに異なる花香成分を持ち、特異的なハエ類によって送粉されるという点で共通しており、上記の仮説の検証に最適である。そこでこれらの植物群において、送粉者の特異性を規定する花の香り物質を特定するとともに、比較トランスクリプトーム解析を活用しその生合成遺伝子の単離、進化解析を進めている。花の香り放出の分子メカニズム解明は、上記の仮説検証にとどまらず、送粉者の活動パターンに合わせた香り放出の日周変化や花の香り放出の生態学的コストの問題などにも迫りうると考えており、その展望についても議論したい。