| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S16-5 (Presentation in Symposium)
植物の放出するBVOCは、生態系に対して大きく分けて2つの影響がある。1つは、対流圏オゾン(O3)を主体とした光化学スモッグの形成など、大気汚染への影響である。特に反応性の高いイソプレン(C5H8)やモノテルペン(C10H16)のテルペン類は、BVOCに占める割合が高い。しかし、テルペン類の主要な放出源である樹木由来の放出は、放出の季節性や放出形態(貯蔵型、非貯蔵型)、生育環境要因との関連性など未知の部分が多い。当研究室では日本の主要樹種に関して、放出ポテンシャルである基礎放出速度(葉温30℃、光合成有効光量子束密度1,000 μmol m-2 s-1)のデータベース化を進めてきた。特に、日本の主要樹種の中には非貯蔵型のモノテルペン放出種(シイ・カシ類)が少なくないことや、放置竹林が社会問題にもなっているタケ類からのイソプレン放出の特異的な季節性など、従来の定説とは異なる新たなBVOC放出の傾向が見えてきた。
BVOCのもう1つの影響として、植物-昆虫間など生物間コミュニケーションにおける香気シグナルとしての役割が挙げられる。演者は、北海道大学札幌研究林の開放系O3曝露施設を用いて、シラカンバやポプラなど複数の樹種とそれらを食害する昆虫の発生動態に対するO3曝露影響を調査してきた。高濃度のO3区では、葉の防御物質量が低下し昆虫にとって“食べやすい”葉となっていたにも関わらず、実際にはハムシ類の発生頻度が低下していた。この現象は、食害対象の樹木が放出するテルペン類が大気中でO3と反応することが関係している。高濃度のO3環境において、O3と反応したテルペン類は香気シグナルとしての組成が変化し、結果としてハムシ類への誘引性が低下したと考えられた。本講演では、BVOCによる生態系への影響に関して、大気汚染-植物-昆虫間の観点から研究事例とともに議論したい。