| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
シンポジウム S16-6 (Presentation in Symposium)
植物は多様な種類の揮発性有機化合物(Biogenic Volatile Organic Compounds: BVOC) を放出し、大気と地上生態系の相互作用を通じて大気組成や気候に重要な影響を及ぼしている。BVOCの中でもイソプレンは、総排出量の約半分を占め、大気環境への影響が特に大きい。イソプレンの放出能力は植物種によって異なり、ブナ科においてコナラ属などの広葉樹に多く見られる一方、ブナ属やシイ属などではほとんど見られない。このイソプレン放出能力の多様性は、イソプレン合成酵素(IspS)の機能獲得あるいは喪失によると考えられるが、その詳細な進化史には未解明の部分が多い。本研究では、ブナ科4属8種 を対象に全ゲノム領域からテルペン合成酵素(TPS)遺伝子を同定し、ゲノムワイドな解析を行った。その結果、ブナ科に特異的なイソプレン合成酵素候補遺伝子の系統群を特定し、コナラ節内で複数回独立にイソプレン合成酵素活性が進化したことが明らかとなった。イソプレン合成酵素の祖先配列復元解析の結果、ブナ科の共通祖先はイソプレンを放出しない状態であり、約5000万年前にコナラ節の限られた系統でイソプレン放出能力が獲得された可能性が示唆された。本研究は、ブナ科におけるイソプレン放出能力の進化的動態を解明し、その起源と多様化のメカニズムに関する重要な知見を提供する。イソプレン合成酵素遺伝子に着目した本研究は、遺伝子配列生じたミクロスケールの変異と、地球の大気組成というグローバルな現象とを結びつける、新たな研究領域の展開につながることが期待される。