| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


自由集会 W01-3  (Workshop)

トゲウオの季節性繁殖を制御する多機能性遺伝子とその生態的機能【O】
A role of a key pleiotropic gene underlying seasonal reproduction in stickleback and its effect on ecosystem【O】

*石川麻乃, Aldy SUTRISNO(東京大学・新領域)
*Asano ISHIKAWA, Aldy SUTRISNO(UTokyo, Front Sci)

たった1つの遺伝子の発現の変化は、その生物を取り巻く生態系にどの程度影響を与えるのだろうか?本研究では、表現型に強い効果をもたらす多機能性遺伝子として、トゲウオ科イトヨの甲状腺刺激ホルモンTSHß2に着目し、それらが群集構造や生態系機能に与える効果を検証する。イトヨは元来、海と川を回遊する海型だが、氷河期以降、様々な淡水域に進出し、多様な淡水型が派生している。私たちは近年、トランスクリプトーム解析とゲノム編集により、海型と一部の淡水型に見られる繁殖の季節性の違いがTSHß2の日長応答性の違いにより生じることを見出した。海型では日長に応じたTSHß2の発現変化が繁殖形質や脳トランスクリプトームを変化させる多機能性スイッチとして働き、季節性の繁殖が誘導される。一方で、淡水型はTSHß2発現の日長応答性を失い、冬でも繁殖する。まず、TSHß2が生物群集に与えうる影響として、捕食行動の変化に着目した。ゲノム編集により作成したTSHß2欠損個体の捕食行動を解析すると、TSHß2欠損個体は、遊泳行動の増加と採餌行動の低下、底生性のミズムシよりも浮遊性のオオミジンコへの高い選好性を示し、これは淡水型の特徴と一致した。次に、TSHß2欠損個体をオオミジンコとクロレラからなる単純な人工生態系に曝露してその効果を検証した。すると、TSHß2欠損個体に曝露した人工生態系は広い波長範囲で水の相対吸光度が低下した。これはクロレラを捕食するオオミジンコの個体数の変化によるものと考えられた。さらに、水中の相対硝酸イオン濃度も高い傾向にあり、TSHß2の機能欠損が生態系内の窒素循環にも影響を与える可能性が示唆された。本発表ではこれらの結果を踏まえ、TSHß2に代表される多機能性遺伝子の進化が群集構造や生態系機能に与える影響、さらにそれらがもたらしうる生態・進化フィードバックについて議論する。


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