| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
自由集会 W05-2 (Workshop)
日本列島の標高の高い山岳(高山帯)には,千島列島やカムチャッカ半島,北極圏といった日本列島より北方に分布する植物(高山植物)が生育している。これらの高山植物は,第四紀後半における気候の寒冷化(氷河時代)に伴い北方から日本列島へと分布を広げた植物に起源し,温暖な現在には高山帯に取り残された遺存的なものであると考えられている。こうした仮説は,日本列島とその周辺地域における植物相の比較から考えられた古典的なものであるが,現在でも検証されることなく広く受け入れられている。しかし,DNAの多型情報を用いた最近の研究から,この仮説が高山植物に一般的に当てはまらない可能性が示されてきた。雪渓周辺に生育する高山植物(エゾコザクラPrimula cuneifolia)における研究では,中部地方の集団が最も基部で派生し,北海道・カムチャッカ半島・アラスカの集団が最終氷期以降に派生したことが示されてきた。この結果は,日本列島の高山植物が北方地域に起源する遺存的なものであるという従来の仮説と矛盾し,最終氷期に日本列島をレフュージアとした植物が,後氷期の温暖化に伴い北方へと分布を広げたことを示している。また,エゾコザクラ同様に雪渓周辺に生育する高山植物(チングルマSieversia pentapetala)を含む3種の研究においても,日本列島の系統から千島の系統が派生したことが示された。これらの結果を踏まえると,最終氷期以降に日本列島から北方へと分布を広げたことは様々な高山植物に共通する歴史である可能性が高く,日本列島の高山植物が北方起源の遺存種であるという仮説は適切でないことが示唆される。発表では高山植物の系統地理学的研究を紹介し,日本列島の生物相の成り立ちを理解する上で,古典的な仮説を疑った系統地理学的アプローチの有効性を議論する。