| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
自由集会 W15-1 (Workshop)
九州南部の山地森林では、シカによる継続的な植生採食によって下層植生が失われ、その後の土壌侵食が多様な生物群集や生態系機能の劣化を引き起こしている。このような影響に対処するため各地で防鹿柵が設置されているが、その保全効果に関する知見は十分に蓄積されていない。本発表では、熊本県白髪岳に設置された防鹿柵を用いて行われた、1)ブナ成長、2)土壌微生物群集、及び3)土壌生態系機能に関する3つの研究を紹介する。まず1)の研究では、下層植生であるスズタケが繁茂する柵内(以下、スズタケ区)と、スズタケが消失した柵外(以下、下層無し区)において、ブナ成木の肥大成長量を年輪解析によって比較した。その結果、下層植生が減少・消失して以降、下層無し区のブナは成長が低下していたが、スズタケ区では明確な低下傾向は認められなかった。次に2)の研究では、スズタケ区と下層無し区内の表層土壌を採取し、環境DNAによって真菌類及び細菌類の多様性を比較した。その結果、スズタケ区の土壌では真菌類など一部の微生物群の多様性が、下層無し区よりも高い状態にあることが明らかになった。これら1)と2)の結果は、防鹿柵によるスズタケの維持が、土壌侵食に伴う土壌の物理化学特性の変化(土壌微生物に影響)や、樹木根系の露出(ブナの成長に影響)を緩和したものであると考えられた。最後に、3)の研究では、スズタケ区、下層無し区に加え、スズタケ消失後の柵設置により灌木が繁茂する柵内(代替植生区)を対象とした。各区で土壌生態系機能として微生物呼吸(基礎呼吸及び基質誘導呼吸)と窒素無機化速度(純窒素無機化速度及び純硝化速度)を計測したが、いずれの指標も区間で有意差はなかった。しかし、これらの指標は各区のA0層の量との正の関係が示されたため、土壌生態系機能の変化は下層植生の状態よりも、土壌侵食の進行状況に強く影響される可能性があると考えられた。