| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
自由集会 W16-2 (Workshop)
ニッチの保守性とは、ある種が特定の環境・生態的条件に適応した後、そのニッチを大きく変化させることなく長期間にわたって安定した形態や行動を維持する傾向を指す。この概念は、種が新たな環境に進出する際に遺伝的・生態的な制約が働き、適応の限界が生じることに裏付けられる。ニッチの保守性が強い場合、ある環境に特殊化した形質が保持され、新たな適応戦略の進化は制限されうる。しかし、実際にはそのような制約の下でも、特殊化した形質やそれに関連する適応戦略の多様化がみられることがある。本講演では、ジェネラリストとして知られる淡水魚カマツカ(Pseudogobio esocinus)における種内変異を題材に、制約と適応戦略の多様化の関係について考察する。
カマツカは本来、強い底生性を示す魚であり、底質環境での資源利用に適応した形態や行動習性を保持している。例えば、危険回避のために底質の砂に潜る習性をもち、これは底生性に依存する行動であると同時に、その環境に適応した結果生じた制約の一つとも考えられる。しかし、カマツカはそのような制約の下でも、底質環境内で餌ニッチを拡大し、顕著な種内変異を示す。一般に、主要な餌としてユスリカの幼虫(砂の中に埋在する餌)を利用するが、二次的な餌の多様性が高く、それに応じて口部に適応変異がみられる。興味深いことに、完全なニッチの分化(集団ごとの異なる餌への特殊化)が生じるのではなく、常にユスリカを主要な餌としつつ、集団内の個体間で利用する二次的な餌の種類や割合を変化させることで、多様な餌へとニッチを拡大していた。この例は、制約下におけるニッチ拡大や適応戦略の多様化がどのように生じるのか、また、ジェネラリゼーションが制約をどのように打破しうるのか(ジェネラリストとしての適応の柔軟性)を理解する上で貴重な例といえる。