| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
自由集会 W17-2 (Workshop)
森林の下層植生を構成するササ類は、生態系の物質循環において重要な役割を果たしている。九州山地の森林ではシカの個体数が増加し、下層植生の採食被害が進行している。多くの林分では、在来の下層植生であるスズタケが衰退・消失していることが確認されている。従来の研究では、シカ食害によるササの衰退が森林土壌の窒素無機化、窒素溶脱および炭素蓄積量に与える影響が報告されている。これらの物質循環に関わる各プロセスは密接に関連しているにもかかわらず、それらを同時に扱った研究は限られている。そこで、本研究では、スズタケが現存する林分(Presence of understory; PU)と上層木のみが残りスズタケが消失した林分(Non-understory; NU)において、植生による窒素吸収量、土壌無機化速度や硝化速度(深さ0~10 cm)、硝酸態窒素の溶脱、および植生の炭素蓄積量を計測し、比較した。
その結果、NUにおける上層木の窒素吸収量はPUと有意差がなかったが、森林全体の窒素吸収量は17%低下していた。これは、シカの採食によるスズタケの消失が主な要因と考えられた。土壌の窒素無機化速度および硝化速度にも有意差はなかったが、NUでは土壌および土壌溶脱水中の硝酸態窒素濃度が有意に高かった。この結果から、スズタケの消失が表層土壌での硝酸態窒素の蓄積とその後の溶脱を促すことが示唆された。一方で、森林の炭素蓄積量はPUとNUで有意差はなかった。以上の結果から、シカの採食によるスズタケの消失は森林植生の炭素蓄積量には大きな影響を与えないものの、窒素吸収量を減少させ、硝酸態窒素の溶脱を引き起こす可能性が示された。