| | 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
第30回 日本生態学会宮地賞/The 30th Miyadi Award
植物は、環境の短期的な変動を無視し、長期的な傾向に応答することで、季節を認識していると考えられる。ノイズの中からシグナルを取り出すために、生物応答の根幹をなす遺伝子制御システムには、過去の環境を「記憶」する頑健性が求められる。エピジェネティクスは環境記憶を担う主要な仕組みであり、DNAメチル化やヒストン修飾を介して遺伝子発現のON/OFFを調節する。演者は、植物の環境応答の本質を理解するためには、実験室環境に加えて進化の現場である自然集団において遺伝子制御システムを調べることが必要と考え、野外調査・分子実験・ベイズ統計モデリング・機械学習などを組み合わせて研究を進めてきた。本講演では、以下の2つのトピックスを紹介する。
冬の記憶を担う遺伝子FLOWERING LOCUS C(FLC)および全遺伝子のエピジェネティック修飾(エピゲノム)の季節制御
モデル植物シロイヌナズナにおいて、花成抑制遺伝子FLCの発現は長期低温(春化処理)に応答して低下する。その際、遺伝子発現を抑制するヒストン修飾H3K27me3がFLC領域に蓄積し、暖温移行後も発現抑制が保たれる。演者はシロイヌナズナ属のハクサンハタザオを用いた研究を行い、H3K27me3の蓄積がFLC発現の短期的な気温応答を防ぐ役割を持つことを示した。また従来、エピジェネティック制御は遺伝子発現の上流で働くと考えられてきたが、むしろ多くの遺伝子でヒストン修飾が発現変化から遅れて変化すること、H3K27me3の遅れが環境記憶に関わり得ることが、エピゲノムの季節解析により明らかとなった。
季節砂時計モデル
発生砂時計は、胚発生の中期に形質が進化的に保存的となる現象であり、近年の全遺伝子発現(トランスクリプトーム)解析によって支持されている。演者はハクサンハタザオの季節トランスクリプトームおよびエピゲノム解析から、発現遺伝子の齢構成が季節に沿って周期的に変化することを発見した。進化的に古い遺伝子群は冬に、新しい遺伝子群は夏に優先的に発現し、それぞれ保存的な基礎代謝と系統特異的な防御応答を反映していた。また、実験室における温度操作実験により、気温だけでこのパターンを再現できることがわかった。したがって、砂時計型の遺伝子制御は、発生過程および環境制約下に共通する戦略であると考えられる。