| | 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
一般講演(口頭発表) H01-16 (Oral presentation)
イカやタコの仲間である頭足類は、主に捕食者から逃避する際に墨を使用する。しかし近年、捕食や求愛、交接といった防御以外の場面においても墨が使用される事例が相次いで報告されている。そのため、頭足類の墨やそれに関連した形質の進化を理解するには、そうした転用例も含めて議論する必要が出てきた。本発表では、ヤリイカHeterololigo bleekeiにおいて発見された墨の新たな転用例について報告する。
ヤリイカは、イカ類の中で唯一、縄張りを形成することが報告されている種で、雄が雌の産卵基質となる構造物を中心に縄張りを構える。2025年3–4月に函館市国際水産・海洋総合研究センターの大水槽にて、こうしたヤリイカの縄張り行動に関する実験を行っている際に、未知の墨吐きが偶然観察された。実験中に録画されたビデオを解析した結果、墨吐きはほぼ全てが縄張り雄によって行われており、計144回観察された。吐かれた墨は、非常に少量で拡散性の高いものであった。また、多くの墨吐きは縄張り雄が他個体に接近した後に観察されたが、接近は雌雄いずれに対しても認められた。さらに、胴部の向きから墨吐き前後の体勢を解析した結果、墨吐き行動が高度に儀式化されていることも示された。その一方で、雌やスニーカー雄に対して、縄張り雄(ペア雄)の墨袋が大型化するといった形態適応は認められなかった。
観察された墨吐きのほぼ全てが縄張り雄によるものであったことから、この行動は縄張り雄の繁殖成功に関与していることが示唆された。また、使用される墨が少量かつ拡散性の高いものであったことから、この墨は視覚シグナルとしてよりも含まれる化学物質を介したシグナルとして機能している可能性が考えられた。墨吐き相手が、雄であれば自身の競争力を、雌であれば自身の魅力を誇示することで縄張りへの接近を抑制/促進している可能性がある。また、儀式化された行動様式は、化学物質の拡散に寄与している可能性が考えられた。