| | 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
一般講演(口頭発表) J01-10 (Oral presentation)
古典的な生活史進化理論は、生活史形質が個体の生涯繁殖成功、すなわち基本再生産数R0を最大化する方向に進化すると予測してきた。もちろん、急速に拡大中あるいは縮小中の個体群では、生涯繁殖成功よりも瞬間的な出生率、死亡率が選択上重要になるという重要な例外は知られていたが、定常的な個体群での生活史進化の基本原理は、生涯繁殖成功の最大化であった。本研究では、定常的な環境にあっても、有限で局所的な個体群においては、世代時間の延長を伴う遅い生活史戦略が有利となる新たな選択圧が存在することを理論的に示す。私たちは、死亡個体が自らの死によって生じた空間を埋める過程に寄与できないという生物学的に妥当な仮定を組み込んだ修正Moranモデルを構築し、その確率過程のもとでの変異体の固定確率を厳密に導出した。その結果、変異体の固定確率が中立遺伝子の固定確率1/N (Nは集団サイズ) を上回るための条件は、野生型とのR0の相対値のみならず、相対的な寿命にも依存することが明らかになった。特に、野生型と変異型のR0がまったく同じ場合でも、瞬間出生率が低い代わりに、より長寿の型の方が高い固定確率をもつことが示された。この局所有限集団における「スローライフ優位」という新しい選択圧は、上記の修正Moranモデルに限らず、死亡により生じた空地が一定期間埋まらないことも許す生態学的により現実的な個体群動態や、小規模パッチから構成されるメタ個体群など、より一般的な生態学的文脈にもそのまま拡張可能であることが示された。本研究は、有限個体群に内在する確率的過程が生活史進化の方向性に決定的な影響を与えうることを示し、生活史進化に新たな理論的枠組みを提案するものである。