| 要旨トップ | | 日本生態学会全国大会 ESJ54 講演要旨 |
宮地賞受賞記念講演 1
陸域生態系のサブシステムである土壌分解系は、炭酸ガスの放出や土壌有機物の集積と、これらにともなう窒素などの養分物質の保持と無機化を担っており、生態系の物質生産や炭素貯留などの生態系機能に深く関わっている。落葉など植物リターや土壌有機物の分解に関する研究は、生態系生態学の中心課題の1つとして過去30年のあいだに大きく進展した。分解速度とその律速要因、分解にともなう養分動態や有機物組成の変化、人為撹乱の影響などが明らかにされてきた。それにもかかわらず、分解の生態学的なメカニズムについてはいまだ不明点が多い。分解に関わる菌類の機能的、生態的な特性が、分解過程にどう反映されるのかがほとんど検討されていないためである。植物による物質生産の機構が遺伝子、細胞、個体、群落の各レベルで解明されつつあるのに対し、分解に関わる菌類の研究は立ち遅れている。土壌分解系の機能を理解するためには、菌類の分解活性や生態的特性を知る必要がある。
冷温帯ブナ林における一連の落葉分解研究から、植物細胞壁の構成成分の1つであるリグニンが、分解や窒素動態を律速する主要因であることが実証的に示された。過去にも多くの研究が、落葉のリグニン含有量と分解速度とのあいだに負の関連性を見出している。これをふまえて、落葉分解に関わる菌類のリグニン分解活性と、リグニン分解菌類の現存量や多様性、分解にともなう遷移を明らかにすることを研究の目的とした。
菌類によるリグニン分解は、落葉表面に出現する漂白斑として肉眼で観察することができる。漂白の出現は落葉の重量減少を促進するが、温帯林において、菌類の定着可能な基物量に占める漂白斑の割合はせいぜい10パーセント程度であった。これと同時に、さまざまな菌類種と落葉樹種の組み合わせを用いて、培養系において滅菌落葉への接種試験を行った。これにより菌類の分解機能の多様性を明らかにするとともに、多くの担子菌類と一部の子嚢菌類がリグニン分解活性を有することがわかった。つづいてリグニン含有量の異なる落葉種を材料として、落葉分解にともなう菌類遷移を調べた。リグニン分解菌の定着はリグニン含有量の高い落葉種ほど顕著であること、落葉の成分変化にともなってリグニン分解菌の定着が認められることが実証的に示された。今後は、菌類の機能的、生態的な特性の違いが、緯度系列で認められる落葉分解パターンの違いをどのように生み出しているのかを検証していきたい。