| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ54 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 1

森林衰退/再生への道をわける条件: 数理生態学からサステイナビリティー・サイエンスへの挑戦

佐竹暁子 (Dept. of Ecology and Evolutionary Biology, Princeton Univ.)

サステイナビリティー・サイエンスの推進に伴い、森林推移(Forest Transition)仮説が注目を浴びている。これは、社会が経済発展を遂げるにつれて、森林伐採が加速され一時は森林の衰退を招くが、社会経済が熟すとともに、衰退した森林が再生し増加傾向に推移する現象を指し、欧州やアジア、米国など世界各地でみられている。

本講演では、生態学と経済学の理論を組み合わせた土地利用モデルを開発し、森林衰退/再生への道をわける理論的条件を導く。特に、以下の二つの仮説に焦点を絞る:[森林希少価値仮説]森林枯渇に伴い森林の価値が上昇する。これは閉じた市場経済において、森林資源産物の価格が資源量の減少に応じて上昇する状況に対応する。[負の外部性仮説]森林枯渇に伴い森林の価値が下降する。それは森林被覆面積の減少によって、土壌の劣化・種子バンクの枯渇・樹木枯死率の上昇が生じることによる。これら二つの仮説を土台にし、人間を含んだ生態系が落ち着く平衡状態、およびその安定性を調べることによって、森林推移の可能性を検討する。

まず、社会全体を数多くの土地区画に分割し、各区画は個別の所有者が管理すると想定する。各区画には、森林・農地・放棄地の3種類の状態を与える。各土地所有者は森林と農地の期待効用の比較によって森林から農地への転用を行う;農地は経済性の減少に伴い放棄される;放棄地では森林の二次遷移が進行し森林が再生するとする(図)。

森林希少価値仮説・負の外部性仮説の両者において、土地所有者が森林伐採から得られる目前の利益を優先する場合には、森林推移は生じず、大規模な森林伐採後には、農地あるいは放棄地が優占する。土地所有者が将来への長期的視野を抱き、かつ森林再生速度が遅い場合に限り、農地から森林への推移がみられ、推移後は安定した森林が保全される。しかし、森林再生速度が速いと、再生後の森林豊かな社会は不安定になる。森林希少価値仮説では、大規模な森林伐採が数十年間隔で繰り返される。負の外部性仮説では、ある面積以上の森林が伐採されると、森林から農地型社会への急激な推移が生じうる。そうした推移は森林再生速度が速いほど生じやすい。

こうした結果を世界各地の事例と照らし合わせ、森林推移後の将来像を描くとともに、数理生態学の視点が環境科学に貢献する可能性を整理する。

日本生態学会