近年、国内外におけるフィールド調査中の死亡事故が多発している。1997年からの10年間だけで少なくとも5名の教員と3名の学生が亡くなり、さらに教員1名が行方不明、計8名の方々が事故の犠牲になられた。これら個々の事故状況から示されるのは、事故は往々にして突発的に発生し、誰がいつその当事者となっても不思議ではないということである。また事故予防と事故対策が事前に充分に行われていれば、事故の被害を最小限にくいとめることや遺族の深い悲しみを若干なりとも軽減することは出来たという反省もいくつかの事故において指摘されている。
これまで日本の研究者は、フィールドの危険性について漠然とした危機感を感じながらも、積極的な対応策をほとんど講じこなかった。結果として、研究における安全対策については欧米諸国と比較して無に等しい状態のままである。例えば、各国立大学では「安全の手引き」なる危機管理マニュアルが作成されているが、それは実験室をはじめとする学内の事故に対する対応や労働安全衛生法の遵守を主たる内容としており、フィールド調査の項目が重要項目として記載されているケースほとんどない。こうした現状が抜本的な改善をみぬかぎり、今後も同様の悲劇は繰り返し起こるであろう。これまで既に発生してしまった悲惨な事故を、そのまま自己の問題として真摯に見つめ直し、本格的な事故防止および事故対応策を実践することが我々の急務である。
本試案ではフィールドでの事故防止、事故発生時の対応、事故後のフォローまで視野に入れた包括的な対応策について検討し、研究の現場において実践的な安全管理システムを一日も早く稼働できる状態にすることを目標とする。
実際に事故が発生した際には、これまで事故処理の経験が無い当事者は全ての対応を場当たり的に行うことになり、極めて効率が悪いばかりでなく、対応の仕方次第では救助可能なものを死亡させてしまったり二次遭難を引き起こしてしまったりすることもある。登山における遭難救援体制や危機管理トレーニングメニューが機能的に整備されていることを見ても明らかなように、フィールド事故に対する対応手段には、有効性が認められるルーチーンや経験則および心理的備えがある程度存在する。また、フィールド研究における潜在的危険性を家族や学生に周知させるインフォームドコンセントや、フィールド保険の加入義務づけも必要である。本ガイドラインでは、フィールド研究者が安全対策・事故対策を行ううえで役立つ情報を収録するとともに、これまでのいくつかの事例を元に、最低限必要な安全対策について提示を行う。