フィールドでの活動経験が乏しい人が野外調査を行う場合は、野外での身体作法を学ぶ必要がある。野外調査での身体作法の基本は、「疲労しない」ことにつきる。疲労すると、判断力も低下し、通常では起こし得ないミスの原因になる。よって、事故の要因に成りうるだけでなく、調査の質も低下させるので、疲労しないように十分に留意する必要がある。また、登山やケービングなどの経験が豊富な人も、原則的に体を動かす時間の長いスポーツと野外調査の違いを知っておく必要がある。運動を目的とした場合に比べ、調査のときは、同じような服装だと寒く感じることが多い。
野外での活動時は、体表面を極力晒さないように心がけると、疲労を回避できる。よって、長袖・長ズボン・帽子(ヘルメット)を着用し、天候によってはサングラスも着用する。体表面を覆うことで、夏場は日射による日焼けを避けることができ、冬場は体温の低下を防げる。また、とげやかぶれる生物等から体を保護できる。転んだ際も、怪我の程度が軽減される。
夏場の体温調節は、袖の長さではなく、服の素材を選ぶことで行う。特に登山用や運動用の新素材は、短時間で体表面の汗を吸収し発散させるので、長袖でも暑くなりにくい。
冬場は、防風を徹底し、体温維持に十分注意する必要がある。調査では、運動量が少ないため、登山等に比べて、より保温性の高い衣服が必要である。この際、厚手の服を少数用意するよりも、薄手の服を多めに用意し、その時々の気温や風の強さに応じて着るものを選ぶのがよい。マフラー・ネックウォーマーや耳当て、帽子等が有効である。とくに、帽子やネックウォーマーはセーター1枚分に相当する保温力があると言われている。荷物にもなりにくいので、予備に持っているとよい。
調査時には、しばしば炎天下で記録用紙を見る必要がある。この際、サングラスをかけ目を保護した方がよい。ただし、色があまり濃くない、紫外線遮断能力に優れた物にすること。
体がぬれると、体温が急激に低下するので、十分に注意する必要がある。体がぬれた状態で、風に吹かれると、体を動かせないほど体温が下がり、凍死する可能性もある。これは、夏でも高山であれば起こりうるし、秋から冬にかけては里山でも起こりうる。どんなに天気が良い場合でも、雨具(レインコート、上下セパレート式の物が望ましい)は必ず携行しなければ成らない。また、透湿性のない雨具を着用した場合、雨具の体表面側に汗がたまり、体が冷えることがある。この場合は、休息時に下着をかえるなどして体温維持に努める必要がある。ゴアテックスなど透湿性と防水性を兼ね備えた素材で出来た雨具は、このような問題は生じにくいが、高価である。
潜水など濡れる調査に関して簡単に言及。
一番、大事なことである。疲れを感じる前に、定期的に休息をとるようにする。また、その際に、水分や糖分の補給もおこなう。こまめに少量のバナナチップなど乾燥フルーツをとると、糖分とカリウムを摂取でき、疲労の防止につながる。水の摂取ものどの渇きを感じる前におこなう。
フィールドでは、研究対象の生物の活動時間による制約がある場合など、特殊な場合をのぞき、日没以降は外で活動しない。それは、滑落、転倒、ルートミス等の事故の危険が飛躍的に高まるためである。研究の都合上、夜間に野外で活動する必要がある場合は、昼間に十全な下見をし、安全を確保しなければならない。昼と夜では目に映る風景が一変するので、昼間よく訪れている場所でも迷うことがあるということを知っておく。 通常、野外調査は早朝から開始し、午後の比較的早い時間に終えるようにする。昼過ぎ以降は、夏場は雷雨にあう可能性が高まるので、極力活動しない。また、冬は、日没までに活動を終えられるように注意する。
徒歩による移動がおおい調査の場合は、こまめに水分補給すること。夏場は、とくに多めに水分補給をする必要がある。運動が激しく、発熱発汗量が多い場合は、1時間に700ml程度の給水が必要であるとも言われている。トイレの心配から水分補給を控える傾向が女性には強いが、脱水症状に陥るリスクがあることに十分留意し、適宜、水分をとること。また、冬には、のどの渇きを感じにくいが、定期的に水分補給につとめる必要がある。
食事は、携行するにあたって、腐りにくくかつ消化の良いものが望ましい。また、ゴミや残さの出にくい物を選ぶ方がよい。調査が長期に及ぶ場合は、食物繊維不足で便秘に成りやすいので、注意すると良い。長期の調査の場合は、食の好みにも注意を払って食糧計画を立てるべきである。好みにあわないメニューでは食が進まない。食事によって十分な栄養を補給できないと、体力低下・疲労を招きやすく、事故の危険性を高める場合もある。
フィールドであっても環境を保全するため、トイレを利用することが望ましい。また、トイレが無い場合や貧栄養な環境など特殊な環境下では、携帯トイレ等を持参し、排泄物を持ち帰る必要がある。 野外で排泄しなければならない場合は、排泄物が水源に流入しないように十分に留意する必要がある。また、排泄は、地面を軽く掘った穴で行い、穴を埋める前に、排泄物に使用したトイレットペーパーをのせ、紙を燃やすと分解が早まると言われている。
調査を始める前に、簡単なストレッチ体操を行うと、怪我の予防と疲労度の軽減になる。また、調査終了後にストレッチを行うと、疲労回復が早まる。スポーツ用のアミノ酸サプリメントの服用は、筋肉の疲労防止・軽減に効果がある。
積雪がある場所でフィールド調査を行う場合は、無積雪期の行動技術に加え、雪上での安全を確保する知識・技術・道具が必要となる。また、同じフィールドであっても、積雪がある場合の危険度は、無い場合に比べて飛躍的に高まる。積雪期の調査には、高い技術が必要であることを十分に認識しなければならない。積雪がある時期の登山等の活動経験が十分に無い場合は、雪山経験が豊富な人に同行してもらい、かつ安全確保のための歩行術やストック・ピッケル等の使用法、滑落停止技術等をアウトドアショップの講習会等に参加して、修得する必要がある。積雪期の転倒は、そのまま滑落などの重大事故につながる可能性が高いことを十分に認識すること。
さらに、積雪期は、雪による「濡れ」にも十全な注意をはらう必要がある。ゴアテックスなど防水性のたかいジャケット・パンツ・スパッツ・オーバーグラブ等の利用を勧める。また、雪がついた場合は、亀の子束子などでこまめに除雪し、服や下着や皮膚を濡らさないように十分に注意する。とくに、手や足は凍傷になりやすいので、十分に注意する。
雪の反射は、目に大きな負担となるので、サングラス等を利用し、目の保護も必要となる。雪焼けを避けるために、日よけ止めやリップクリームをこまめに塗ることも重要である。
重篤な被害をもたらす以下の5の生物に遭遇した際の対処法について極簡単に述べる。細かいことは事前情報のところを参照されたい。
(1)巣のない方向に速やかに移動し、更なる攻撃や新たな個体の攻撃を避ける。
(2)あわて過ぎてパニックに陥らない。あわてると毒の周りが早くなる可能性がある。
(3)アナフィラキシー・ショック(急性のアレルギー症状で呼吸困難、めまい、意識障害、血圧低下などを伴うショック症状)が見られた場合、即、エピペンを注射する。程度の軽微な場合は、抗ヒスタミン剤やステロイド軟膏あるいは、これらの内服薬を服用する。
(4)エピペン注射後、速やかに医療機関(できればアレルギー科か皮膚科)で専門的治療をおこなう。
(5)刺したハチの種類が特定出来る場合は確認しておく。
(1)患者を休ませる。安心させる。一人しかいない場合は、とにかくあわてない。
(2)噛まれた局部を動かさない。
(3)アナフィラキシー・ショックのような全身症状に気をつける。
(4)医療機関に連れて行き、血清治療等を行う。
(5)噛んだ蛇の種類を特定できるように確認しておく。
(1)威嚇行動である場合や余裕がある場合は静かにその場から離れる。
(2)攻撃を受けそうだったらヒグマ撃退スプレーを使う。
(3)格闘にいたったら、とにかくあきらめずに抵抗する。
(4)運良く生き延びたら即座にその場から安全な場所に移動する。
(1)サメに遭遇したらとにかくその場からあわてずに立ち去る。
(2)サメが攻撃してきたら、最終手段としてナイフや棒など硬いもの、それさえもなければ素手で鼻先やえら、目を打撃する。
(3)サメが人体の摂食行動を開始したらもはや有効な手立てがないので、目を突いたり、あらゆる抵抗を試みる。
(1)これらを食べて異変が起きたら即座に医療機関に連絡する。
(2)なんの食中毒か特定できるような材料をとっておく。
長期予報は必ず変わるので、常に天気の変化に注意し、予報を修正しなければならない。調査地が安全地から離れている場合、天気が悪化してからでは間に合わないので、早めに悪化を予測して、余裕を持って退避しなければならない。 北半球中緯度は偏西風の影響下にあるので、天気は西から変わる。西側に晴天域が広がっていると夕焼けになり、東側に広い晴天域があると朝焼けになる。天気に関する諺には、根拠があるので、地域性のあるものも含めて、諺を知っておくとよい。 台風は、監視体制が整っているので、AMラジオの情報でも十分対応できる。常に最新の情報を得るようにする。台風がまだ南海上にあるとき、日本付近に停滞前線があると、台風が遠いうちから強い雨が降る。広域で共通の気象現象のほかに、地域固有の気象・地形性の特殊な変化があるので、事前に当該地域の情報を得ておくこと。
雲は大気の状態を教えてくれるので、気象情報のみに頼るのではなく、雲を見て天気の変化を常に監視するようにしたい。雲の形だけでなく、動き・増減にも注意する。広域的な気圧配置(ラジオなどで情報を得ておく)を頭に入れた上で雲を観察すると、より確実である。
(1)雲の高さと形による分類
層状 塊状
高層 絹層雲 絹積雲 巻雲
中層 高層雲 高積雲
下層 層雲 層積雲
全層 乱層雲
垂直型 積雲・雄大積雲・積乱雲
温帯低気圧が近づいている場合、まず高層の雲が現れ、次に中層、最後に下層雲と、順番に現れる。雲の動きは上空の風の動きを示すので、下層の雲が現れる前の、見通しの利く段階で、自分が低気圧に対してどんな位置にいるのかが判断できる。地表の風は、山があると地形に沿って向きを変えるので、観測される風よりも、雲の動きのほうが、全体の風の流れを知る上では有効である。低層の雲(層雲・層積雲)があっても、上層の雲がなければ、天気は悪くならない。
(2)特殊な雲
レンズ雲(多くは高積雲が変形したもの)、笠雲、つるし雲:これらは強風を意味し、強い寒冷前線に伴って現れることが多い。 飛行機雲:時間がたっても消えないで、太くなるようなら、天気は悪くなっている。
(3)雲が現れてから雨・雪が降り出すまでの時間(例)
巻雲(天気は晴れ) 10-15時間
高層雲(天気は高曇り) 2-3時間
レンズ雲を伴った積乱雲 30分以下
(4)前線
寒冷前線の動きには十分注意する。特に寒気を伴う場合、激しい雷雨(雪)になり、冬なら続いて季節風の吹き出しによる吹雪になる。低気圧が北を離れて通り、直接の影響が小さい場合でも、低気圧後方の寒冷前線によって天気が急変し、時には強い雷雨になることがある。寒冷前線による悪天の場合、天気の変化が速いため、避難が間に合わないので、天気図による監視とあわせて警戒するべきである。 停滞前線があるとき(梅雨・秋雨)は、天気の予測が難しい。天気予報も外れやすい。臨機応変な対応が必要になる。
(1)雷の起こりやすい条件
夏の日射で雷雲(積乱雲)が発達するのは午後になるため、野外での活動を早朝から始めて、午後早い時間に終わらせるようにするのが望ましい。しかし特に雷の発生しやすい気象条件のときは、より注意が必要である。雷雲への発達は急速で、5分足らずで積雲から積乱雲に発達することもある。 日本のはるか北を温帯低気圧が通り(低気圧自体は天気に影響しない)、そこから伸びる寒冷前線の延長が日本を通過するとき、日本の上空にやや冷たい空気が入り、雷雲が発達しやすくなる。このような時は、早い時間から雷になることがあり、またこの冷気が通過するのに3日ほどかかるため、その間は雷が起きやすい。 春・秋・冬であっても、寒冷前線(特に強い寒気を伴う場合)の通過に伴って、広い範囲で雷雲が発達することがある。このような雷は、季節、時刻を問わずに起こり、継続時間も長い。
(2)雷雲の発生を知る
遠方で雷雲が発生して近づいてくるときは、AMラジオに入る雑音によって知ることができる。雷鳴が聞こえるようであれば、すでにかなり近く、音が小さくても落雷の可能性はある。
(3)雷に会ったらどうするか
雷は、高くなったところに落ちる。草原や海で、周囲に高いものがないときは、人に落ちることになる。金属を身につけていても、身につけていなくても、落ちる確率は変わらない。 最も安全なのは車の中で、近くに車があるなら、その中に避難するとよい。建物では、壁や柱からは離れる。木に落ちた雷の側撃を受けるから、木の下で雨宿りをしてはいけない。木およびその枝葉からは、少なくとも3m以上離れること。木の先端を見上げる角度が45度から60度の範囲は、雷の影響を受けにくい「保護範囲」とされるが、絶対ではない。何もない場所では、できるだけ低い場所、窪みになった場所に伏せる。 沢にいるときは、急激な増水にも注意しなければならない。
(「読図・測位・歩行法」は資料編にまとめ直す)
なぜルートを見失うのか
ルングワンダリング
尾根・山頂に出る
谷を下る
トラバース
通常の登山の服装・装備を基本に、より防寒・防風性に注意をはらう。
(1)靴
足を保護するために、踝まで覆う軽登山靴や長靴を着用する。タケやササの切り株を踏み抜かないように、底が十分に堅い物とする。冬季に風が強く標高の高い場所では、短時間であっても凍傷になる可能性もあるので、保温性にも注意する。調査に行く前には、当然、十分はき慣れた状態にしておく必要がある。紐靴の場合は、予備の靴紐を必ず用意する。靴紐を締めずに長時間あるくと、靴擦れや捻挫など怪我をしやすい。 古い靴は、ビブラム底の劣化により、靴が大きく破損する可能性がある。靴に関しては、定期的に買い替えた方が無難である。
(2)長袖・長ズボン
夏であっても、長袖・長ズボンを基本とする。体温調節は、服の素材で行う。夏場は、汗を逃がしやすい新素材(登山・スポーツ用)や木綿がよい。気温が下がる時期や標高が高い場所では、汗を発散しやすい新素材の下着とシャツなどを組み合わせる。数枚の服を重ね着して体温調節を行う。春・秋・あるいは高所の夏に関しては、暖かさを保ちつつ蒸れない、また水にぬれても体温を下げにくい新素材やウール素材の服装とする。
(3)雨具
必ず用意する。セパレート式の雨具を基本に、傘やポンチョを組み合わせる。余裕があれば、ゴアテックスなどの透湿素材のものを用意する。同様の素材でできた帽子も用意すると頭がぬれないので良い。 記録を多く取る調査の場合は、雨傘を併用すると効率がよい。
(4)帽子
日差しだけではなく、頭部の保護や保温のためにも必要である。つばが広めの物のほうが、日よけの効果は大きい。
(5)手袋
夏場でも、手の保護のために必要である。軍手や皮軍手を用いる。皮軍手のほうが、保護の効果は大きい。 冬場は、保温のために必携。冬季には濡れた場合の予備も準備する。
(6)タオル
汗ふきやうつむいたときの首筋を直射日光から保護するためにも必要である。
(7)交換用の下着
春先や秋、そして冬に、雨に降られ、体をぬらした場合は、できる限り早く雨に濡れない場所に避難し、下着を替えて、体温の維持をはかる。雨具を着用すると雨に濡れることは防げても、汗が雨具の内側にこもり、濡れてしまう場合がある。この場合も、交換用の下着があると、体温低下を防げる。
(8)防寒着
ネックウォーマーやイヤーウォーマーは、軽量小型で防寒効果が大きい。
(1)地図・コンパス・GPS
フィールドで、自分の位置を確認するために必携である。また、どんなに経験豊富な登山家の読図力もGPSにはかなわないので、可能な限りGPSを用意する。ただし、電池切れや衛星を確認できない可能性もあるので、コンパスと地図もかならず用意する。
(2)水
身体機能を適切に維持するためには、一日に2リットル程度の水が必要である。移動が多い調査や気温が高い場合には、もっとたくさんの量が必要になる。飲用には、スポーツドリンクなどを用意してもよい。ただし、怪我をした時や、目に異物や虫が入った場合の洗浄用には、水が必要である。洗浄用に、350ml程度のペットボトルの飲用水を携行すると良い。
(3)非常食
多量にはいらないが、カロリーの高い物を少量用意しておくとよい。特に冬場は、体温維持のためにも、必ず用意する。
(4)ファーストエイドキット
無菌ガーゼ(三角巾)、テーピングテープは必ず必要である。持病がある場合は、その薬があるとよい。出血が著しく多くない場合は、傷口をワセリンを塗布した食品用ラップで広範に覆うと傷の回復が早く、また鎮痛の効果も大きい。
(5)ポイズンリムーバー
ハチにさされたり、蛇に咬まれた場合の毒抜きに使用する。1000円程度で購入できるので、必ず携行すること。
(6)笛・鏡
遭難し捜索者に自己の位置を知らせるために必要である。笛のほうが、叫ぶより広範囲に音が届き、かつ体力の消耗が少ない。風がある程度ふいているときには、声はほとんど届かないと考えた方が良い。鏡は、ヘリコプターなどによる捜索者に向けて使用する。
(7)懐中電灯
どんな時間帯に開始する調査であっても、日没後に行動を余儀なくされる場合がある(これは事故であり、一定の確率で誰にでも起こりうる)。その際、明かりが無いと、重大な事故につながりかねない。また、どんなに小型のものでも良いから(キーホルダー型のライトなど)、予備を持ち、合計で2個以上準備する。ライトをもって歩いていると、しばしばライトを落とす場合があり、その衝撃で明かりが消えると、懐中電灯を全く持っていないのと同じ状態になりかねない。また、電球が切れる場合もある。野外で本当に暗い場合(目を開けても閉じても違いがわからないような状態)、明かり無しに移動すると、平衡感覚が失われ、転倒する可能性が高い。場所によっては、重大事故や怪我に直結する。
(8)防風防水マッチ・固形燃料
これらを持っていれば、予定外の野宿(ビバーク)を強いられた場合、体温維持をはかれる可能性が大きい。また、お湯をわかして飲むことができると、精神的にも落ち着ける。
(9)レスキューシート
日よけや体温維持、航空機への目印として利用できる。
(10)ツェルト
とくに山奥で調査を行う場合には、持っていると良い。モンベル社製のULツェルトはわずか240gであり、さほど荷物にならない。このツェルトとは何かを知らなかったり、この部分の記述を読んでも、ピンとこない人は、野外活動の経験が十分とはいえないので、単独での山奥の野外調査を行うべきではない。
(11)ナイフ
刃渡り6センチ程度のスイスアーミーナイフがあるとよい。ビバークを強いられた場合は、たき火の焚き付けを作ったり、露営のための貼り綱を切ったりするために必須である。
(12)細引き
5-6ミリ径の細引きを6メートルぐらい持っていると、ビバークの際や負傷者を背負う際に役立つ。
(13)化粧用の眉墨
濡れているガラスや岩など、非常に多くのものに、文字等を書くことができる。本当の非常時に役立つ。
まず、その場で少し休んで落ち着くことが重要である。
まず自分のいる位置を地図とコンパスで確認する。戻る方向がわかるなら、わかる場所まで戻る。見通しが悪く、現在位置がわからなければ尾根へ、できるだけ見通しのよいところに出て、周囲の地形を観察し、現在位置を確認して、方針を決める。藪の中にいる場合は、近くの木に登って周囲を観察する。 不確かな推測・思い込みで動いてはいけない。
地形が緩やかで目標のない場所を歩いているとき、いつのまにか元の場所に戻っていることがある。人間は、目標がないとまっすぐ歩くことができず、左右どちらかに回ってしまう癖があるためで、見通しの利かない樹林、特徴のない草原、雪原で、かつ霧や吹雪で見通しが利かないときに起こりやすい。リングワンデルングに陥ったと気づいたら、まず現在位置を確認する。確認できたら地図とコンパスで進む方向を修正しながら少しずつ進むことも可能だが、無理をしてはいけない。自信がなければ、視界がよくなるのを、ビバークしてでも待つほうが安全である。見通しのよいときでも、可能なら草原や雪原の真ん中を通らないで、目標の得られる縁を通り、目標を記憶しておくべきである。濃い霧や吹雪のときは行動するべきではない。
日本の山では、登山道が尾根に作られているケースが多い。人の道がない尾根でも、獣道がある場合は多く、部分的にでも踏み跡があれば早く正しい道に出られる可能性がある。道のある山でも、道を失って尾根を下ると、尾根末端が崖になっていることがあり、それ以上下ることができなくなる。また、さらに急な支尾根に入り込む危険もある。道のない尾根に出た場合は、登って主稜線に向かえば、道に出られる。全く道のない山でも、尾根のほうが安定しており、登下降路として安全であることが多い。
沢を下る場合は、危険のないことがわかっている沢以外は下ってはいけない。迷ったときに沢を下ろうとすれば、未知の沢を下ることになるが、沢にはふつう滝があり、クライムダウンできる滝ばかりとは限らない。ロープがあっても懸垂下降の支点が得られない場合や、長さが足りず、中間支点も得られない場合もある。未知の沢を下るのは、危険が大きすぎる。
尾根を登っていても、岩峰が現れて、それ以上登れず、引き返すことも難しい場合は、動ける範囲で安全な場所を探して、救助を待つことになる。通信手段があれば、救助を要請することができるが、通信手段がなければ、留守本部が救助を要請するまで待たねばならない。
ルートを見失って日没が迫っている場合、天候悪化・強風・疲労などで行動が難しくなった場合に備えて、ツェルト、非常食(糖分が多く、水がなくても食べられるもの)を持つ。できるだけ風の当たらない、安定した場所を探して、ツェルトを張るか、被って、着られるものは全部着て、少しでも休息できる体制で、朝または天気の回復を待つ。眠れるなら、できるだけ眠る。あまりぎりぎりまで行動せず、早めにビバークを決めるほうが、よい場所を探せるし、心理的にも余裕を持てる。 ツェルトがない場合でも、風当たりの弱い、少しでも休める場所で、体力を消耗しないようにして明るくなるのを待つ。藪の中に入れば、風が避けられることがある。また、風が弱くても崖下は落石があるので、避ける。滑落の恐れがあるような場所では、細引きやロープで立ち木と自分をつなぐ、安全策も必要になる。通信が可能なら、留守本部に自分の居場所と状態を伝える。決して悲観的にならないことが大切である。
沢が道になっている場合もあるが、ふつうは沢を登下降する場合には、特別な技術やルートファインディングが必要になる。特に困難な沢でなくとも、通過の難しい場面はあり、その都度自己判断しなければならない。足回りはフェルト底の靴(渓流シューズ、渓流足袋が市販されている)が、濡れた岩にはよい。水垢がついている場合は、フェルト底でも効果はない。また、雨で増水すれば、易しい沢でも非常に危険になる。変化の激しいルートをたどっていることを認識し、危険に対処する準備を整えてから入るべきである。沢の中で、怪我をして自力で歩けなくなった場合は、少人数では搬出できない。また携帯電話も通じない場合が多いので、代わりの連絡手段を考えておかなくてはならない。怪我をしていないメンバーが、連絡に下る必要が生じる可能性がある。
通常の水量なら安全に行動できても、少しの増水で危険になる箇所は多い。雷雨のように、短時間に多量の雨が降る場合は、急な増水で、遭難に至らなくても、身動きが取れなくなることがある。途中で雨が降り出した場合は、早めに中止して避難する。 雨量が多い場合は、鉄砲水、土石流にも警戒しなければならない。通常は水のない小さな支流が、土石流の通路になることがある。増水の量・速さは、源流の地形・植生の状態によって大きく違うので、自分が入る沢の特性をあらかじめよく理解しておき、早めに安全な場所に移動しなければならない。また、車で林道を奥まで入っている場合、林道に土砂が崩落して戻れなくなることがある。 山で局地的に強い雨が降る場合、自分のいる場所では、それがわからない場合がある。自分がいる場所の上流側の広がりと地形を頭において、異常を早く察知するように努力しなければならない。それ以前に、局地的に強い雨が降るという予報が出ているときには、調査を中止すべきである。また、見える空が狭いため、観天望気による悪天予測も遅れがちになる。沢での行動が長い場合は、素早く避難できる場所をあらかじめ調べておく必要がある。
沢では、岩を登ったり、へつる必要が出てくる。不安定な足場での注意(三点支持など)を守るのは当然だが、岩登りと違い、岩が濡れていることが多く、時には水垢もついて、滑りやすくなっている。滑落した場合は流れに落ちて、そのまま流されることもある。また、高巻く場合でも、安定したルートがいつも見つかるとは限らない。 水垢・泥のついた滑りやすい岩場での行動は慎重にし、滑りにくい姿勢・体重移動を心がける。水垢がついていなくても、岩質によっては滑りやすいことがある。飛び石で川を渡る場合には、滑りやすい石を見分けて避ける。また流れから離れた岩は、水の中の岩より不安定で、剥がれることがあるので、不用意につかまない。滑落が致命的になるような場所では、確実な支点を作った上でロープを使用する。ロープを使った安全確保技術については、ロープワークの技術書を参照し、事前に習熟しておいたほうがよい。
より安全に渡れる場所を探すのが基本である。流れに逆らわず、大き目の石の下流側などの流れの弱いところをできるだけ利用する。瀬の石は水垢で滑りやすくなっていることがあり、転倒しないように、すり足で進む。使いやすい流木を杖にしてバランスを保つのも有効である。水深が腰を超えると体が浮き、緩やかな流れでも流されやすい。2人以上で互いを支えながら少しずつ前進する方法もあるが、危険を感じたら渡渉にこだわらず、高巻きなどの別の手段を考える。
残雪が遅くまで残る沢では、夏-秋には、雪が氷に近い状態になっていて、気温が上がる日中に時々剥離・崩落する。雪渓付近を通過するときには十分注意する。また、雨で雪渓の崩落・融解が促進されるので、上流に残雪がある沢では、増水には特に注意する必要がある。
雪渓があって水温が低い沢、泳ぐ必要がある沢では、濡れても冷たくなりにくい衣類を使った上で、長時間水につかったままにならないように配慮する予防措置が必要である。低体温症の初期が疑われる場合は、陸で休み、体を温めることを優先する。グループに、体調がよくない・バテている等の自覚がある人がいるなら中止する。
木登りといっても、高さ数メートルの木に脚立や一本ばしごで登るケースから、熱帯雨林の50mを超える突出木に登るケースまで、また、ザイル登りからツリータワー、クレーン、飛行船を使う場合まで幅がある。しかし、共通して忘れてはならないのは、日常的に高所作業をやっていない人にとって、怖い/怖くないという心理的な安心と、危ない/危なくないという物理的な安全が、しばしばかけ離れることがあるということである。ツリータワー、クレーン、飛行船などの装置を使用する場合には安心感があるが、じつはザイルでしっかりと確保されている場合のほうが安全性は高いこともしばしばある。高いところへいったら、怖くなくとも落ちないように確保する(ビレーをとる)というのが基本中の基本である。反対に十分な確保をとったなら、むやみに怖がらずに行動すべきである。
(1)ハーネス
高所作業をする場合には、確保をとりやすいようにシットハーネスを着用するのが、一番重要である。チェストハーネスはザイルにぶら下がったりする場合には必需であるが、補助的に確保をとる場合にはなくともよい。シットハーネスを用いずにチェストハーネスだけ着用することは、絶対に避けなくてはならない。シットハーネスは個人装備として、自分の身体に合ったサイズのものを馴染ませて使用することが望ましい。
(2)カラビナ
ハーネスにいろいろなものを吊り下げるのに便利であるが、とくに安全環付カラビナはハーネスに登攀器、下降器などを装着するときに使用する生命線である。片手で安全環を解除し、また確実に施錠できるように習熟する必要がある。必ず登山用具店で検定されたものを使用すること。
(3)ザイル
11mm径のものを使用する。絶対に踏んだり、他の用途(たとえば、荷揚げや自動車の牽引)に使ったりしてはならない。使用前には傷がないことを確認し、3~5年で新しいものに交換すること。また使用中に急な加重がかかったり、岩角などと擦れたりしたものは、交換したほうがいい場合がある。ザイルワーク(ザイルの結び方など)はさまざまな種類があるが、もやい結びを繰り返し練習しておくことが最低限である。樹上への荷揚げには、登攀用のザイルではなく、別のロープを使う。
(4)登攀器
アッセンダーとかユマールとかいう名称で販売されているが、ふたつ一組で、加重を交互にかけて、加重のかかっていない方を上にずり上げることでザイルを登るものである。スリングやあぶみなどの紐やテープの部分が弱っていないか、あるいはカムが錆び付いてなくスムーズに作動するかを事前に必ず確認すること。
(5)下降器
エイト環(やフィフィー)など、構造の異なるものが各種ある。下降時に摩擦をかけて、下降速度を調節するものである。ザイルに登攀器でぶら下がった状態で、そのまま下降器に移る基礎練習を繰り返しておくことで、スムーズに下降体勢に入れ、また緊急時の脱出にも使えるテクニックをマスターすることができる。
(6)上昇の際の注意点
木に登るときには、樹上にザイルをかけて確保点をつくることが重要である。一本ばしこなどを登るときにも、はしごとは独立にザイルをかける。そのためには、錘をつけた紐をじゅうぶんな太さの枝(10cm径以上で、生きた葉が先についているもの)にひっかけて、それを登攀用のザイルに置き換える。枝が低い場合には、錘を投げ上げてもよいが、10m程度になるとパチンコ(スリングショット)で錘のついた紐を打ち上げる、20m~30mではパチンコで釣り用のてぐすの先につけた錘を飛ばし、リールでてぐすを繰り出す、30m以上ではパチンコのかわりにボーガンを使い、ボーガンの矢に基部にてぐすをつける、などの工夫を要する。
重要なのは、高い木に登る場合には、2カ所の確保点を設けて、2本のザイルで確保することである。2本とも登攀器で身体に固定するやり方と、1本には登攀器をつけて、他の1本にはエイト環をつけて、ともに身体に固定しておくやり方がある。またそれほど木は高くなく、1本のザイルで登るときにも、下枝まで達したら、スリングなどで別の枝から確保をとるべきである。一本のザイル、一個の枝に命をかける時間をできるだけ短縮する工夫をする。一本ばしこも、ザイルで登攀するのに足掛りがあるという程度に考えたほうがよい。登攀の途中で休憩するときも、樹上の作業中も、スリングで適切な枝などで随時確保をとることが必要である。
熱帯雨林の樹上には毒蛇やハチ、ムカデなどの有毒動物がいる場合がある。とくに大型の着生植物のなかにはヘビやムカデが潜んでいるので、じゅうぶんに注意したい。東南アジアのオオタニワタリの枯葉のなかには、ヤミスズメバチが営巣していることがある。
(7)下降の際の注意点
まず下降器を正しく装着してから、つぎにスリングなどの確保をはずし、最後に登攀器をはずすのが正しい。しかし、加重の移動がスムーズにできない初心者は、うまく登攀器がはずせないというトラブルが生じる場合がある。その場合には、下降器を正しく装着したあと、つぎに登攀器をはずし、最後にスリングをはずす、あるいは登攀器やスリングを樹上に放置したまま下降する、さらにはスリングをナイフで切るというケースが生じる場合がある。登攀器がどうしてもはずれない場合には、登攀器を結んでいる紐をナイフで切って脱出するという最後の手段をとる。いずれにしろ、ナイフの使用は生命線となるザイルシステムを傷つけるリスクを大幅に高めるために最後まで控えるべきであるが、万が一の場合のためにナイフを肌身離さず携行していることは絶対に必要である。また、非常の場合に下から必要なものを揚げるために、下まで届くだけの長さの細引きを常に携行しておく必要がある。
全般にリスクが大きいので、単独での調査は決して行わないこと。できる限り3人以上で調査にあたることが望ましい。洞窟内は暗く、懐中電灯などの光がないと、目を開けても閉じても何も変化が無いほどの暗さである。また、ライトの光では、見通しもききにくい。暗所で且つ閉所なので心理的な恐怖感もあり、判断能力が低下する場合(過度に臆病になったり、自信過剰になったりする)が多いことを十分に自覚する必要がある。
(1)装備
ライトは最低3つ携行すること。メインのランプが消えてもすぐに取り出せるところに、予備のライトを一つ用意しておく。予備のライトには紐を付け、真っ暗闇の中で手から落としても回収できるようにしておく。予備の電池も必ず準備する。予備の電池は、定期的に入れ替え、「使える」電池を予備とすること。ライトが消え、真っ暗闇のなかでライトを探すのは、予想以上に困難な作業である。暗黒下で、ザックを背中からおろすなど大きく動くと、バランス感覚を失う可能性があることを知っておく。 足下が非常に悪いことに加え、狭隘な場所を通過することが多いので、ヘルメット、つなぎ、下着類、保護パッドなどを着用し、十分に体表面を保護すること。また、裂傷・擦過傷を負う危険は大きいので、そのような怪我に対応できる救急キットを持参する。無菌ガーゼ(三角巾)、テーピングテープは必携である。出血が激しくない場合には、傷口を清浄な水で洗浄した後、ワセリンを塗布した食品用ラップで広範に傷口を覆うと傷の回復が早く、また鎮痛の効果も大きい。また、洞内は湿度が高い場合も多く、服が濡れることでの体温低下を招きがちであるため、体温維持にも注意が必要である。
(2)入洞の際の注意点
洞窟は、出入り口が限られており、何か問題が生じた場合のエスケープルートが設定できない場合が非常に多いことを十分に認識し、調査計画を立案しなければならない。大雨のために、洞口から多量の雨水・泥が流入してきた場合には、脱出ができなくなり、長期的に洞窟内に閉じこめられる事故につながる点には、特に注意が必要である。雨が予想される場合は、入洞を控えたほうがよい。洞内での潜水は、開放水面下での潜水以上にリスクが高い。洞内潜水の経験が豊富なケービング団体などで十分な講習をうけ、さらに経験者が同行できる場合以外は、行うべきではない。
(3)脱出および怪我人の搬出
洞窟内から外部への、無線・携帯電話を使った連絡はできない。よって、救助を要請する事故があった場合、洞口付近まで移動してから連絡をとる必要がある。そのため、救助要請に時間がかかることを知っておくべきである。また、連絡を急いで取ろうとして、洞内で走ったりすることは、別の事故を招きかねないので、慎重に行動しなければならない。怪我人の搬出には、狭い洞内でのロープワークなど通常の山岳事故以上の技術的な困難がともなう。事前にケービング団体などと交流し、事故の際には、救助を要請できる体制を作っておくことが望ましい。
斜面に雪が積もれば、どこでも雪崩の可能性はある。ごく小規模な雪崩であっても、埋没すれば自力で脱出できず、窒息死する可能性がある。雪のある斜面に踏み込む時は、雪の性質をよく知り、雪崩の可能性を予測して、避けなければならないし、キャンプ地の選定にも十分な注意を払わなければならない。雪崩の起きやすい時間・起きにくい時間というものはなく、積雪があればいつでも起こりうるものなのだ。また、雪崩に巻き込まれてしまったときの対策を、あらかじめ知っておきたい。
一口に雪崩といっても、性質の異なるものが含まれ、雪が動き出す条件も、結果も違うので、雪崩を分類し、雪崩のタイプ別に対策を講じなければならない。
(1)面発生表層雪崩
強度の弱い面(弱層)が積雪中にあり、その面より上の雪が滑り落ちるもの。表面上は何の兆候もなく、斜面に踏み込んだ刺激で急速に積雪の破壊が広がり、広範囲の雪が動き出し、斜面の雪を取り込みながら高速で流れる。しばしば爆風を伴う。弱層が形成された上に多量の新雪が積もると、自然発生することもある。
(2)点発生表層雪崩
積雪が安息角(自然に崩れ落ちる臨界角度)より急な斜面で最初に崩れ、周囲の雪を取り込みながら流れるもの。低温、弱風時に積もった新雪やあられが雪崩を起こす場合と、降雪直後に日射で雪が緩むか、気温の上昇または雨で雪が水分を含む場合に起こりやすい。急斜面やルンゼ内でよく発生する。規模は小さいが、いくつかのルンゼが合流する場所や、谷が狭くなった場所では、危険が高まる。
(3)全層雪崩
地面までの積雪全体が崩れ落ちるもので、笹の斜面では、気温が低い、雪が乾いている時に発生する場合(乾雪全層雪崩)もあるが、春先、気温が上がったときに発生する湿雪全層雪崩のほうが圧倒的に多く発生する。ゆっくりと滑り始めるので、発生前に積雪に割れ目が入り、その下方にしわができるなどの前兆現象があることが多い。湿雪全層雪崩に限っては、気温が低く融雪が止まる夜間・早朝は、比較的安全だといえる。
(4)氷雪崩
懸垂氷河末端が崩落し、砕けながら流下するもので、しばしば大規模になり、爆風を伴う。観察例が少なく、どのような条件で起こりやすいのかは不明。
(1)降雪中
新雪は雪粒同士がバラバラで機械的強度が弱い。急斜面では、ある程度たまると、雪は自重で落ち、表層雪崩となる。一旦雪崩が発生すると、周囲の雪を巻き込みながら流れ、低温下では空気も取り込んで、規模と速度を増す。
(2)弱層が形成された場合
積雪は時間が経つと丈夫になるが、特定の条件下では、積雪内部に非常に脆い層(弱層)ができ、この弱層が滑り面となって、わずかな刺激でも面発生表層雪崩が発生しやすくなる。弱層をつくるものには、以下の5つがある。
・霜ざらめ雪
古い雪の上に薄い降雪があったとき、昼間の日射と夜の放射冷却によって一夜で形成され、この上に更に雪が積もって霜ざらめ雪の層が埋まると、この層が弱層になって、雪崩の危険が増す。
・表面霜
晴れた夜に積雪表面に成長した霜で、湿度が高いとできやすく、一夜で形成される。霜の結晶同士の繋がりが弱く、この上に雪が積もると、弱層としてふるまう。
・きれいな結晶の雪
雲粒のつかない、壊れていないきれいな結晶は、雪粒同士が結合しにくく、積雪下に埋もれた後も、しばらく弱層としてふるまう。
・あられ
寒冷前線に伴って降ることが多い。粒自体は硬いが、粒同士がくっつきにくく、長時間弱層となる。
・濡れざらめ雪
強い日射、大きな気温上昇、雨により、積雪が多量の水分を含んで雪粒が球形になり、互いに独立して結合が弱くなるもの。水が下方に浸透するか、気温低下によって強固なざらめ雪に変わるが、その前に新雪が積もると、新雪の断熱効果で結合しない状態が続き、雪崩の起きやすい状態がしばらく続く。
これらの弱層は、いずれも積雪表面で作られる。弱層ができた後に、降雪があって初めて雪崩が起きやすい状態になるのだが、そのときには、弱層は表面からは見えなくなっている。時間が経てば弱層も丈夫な積雪へと変わるはずだが、そのためにどの程度の時間がかかるのか、まだわからない。
(3)雪が水分を含む場合
水分を多く含む雪は、雪粒が球状になって結合が弱くなり、流動性が高くなる。強い日射、気温上昇、雨が原因になる。雪粒の隙間が水で満たされている状態(スラッシュという)では、緩やかな斜面でも点発生表層雪崩が発生することがあり(スラッシュ雪崩)、雪だけの雪崩よりも遠くまで流れる。急激な気温上昇 春先、日本海で低気圧が発達すると、気温が急激に上昇し、雨や雪が降らなくても、雪が水分を含んで点発生表層雪崩が起こりやすくなる。また、融雪水や雨が地表面まで浸透し、全層雪崩が発生する。
表層の雪を蹴飛ばすか、雪の塊を投げたとき、周りの雪を巻き込みながら流れていくときは、点発生表層雪崩が起きやすい。また、表層の雪を手にとって、水分が染み出すようであれば、湿雪性の点発生表層雪崩が起きやすい。
面発生表層雪崩を起こす内部の弱層の存在は、積雪の表面からはわからない。これを知るには、少し時間と労力がかかるが、弱層テストを行うとよい。もっとも簡便なのは、ハンドテストで、両手で雪をかき出して、直径40cm程度の円柱を作り(雪が硬くなったら小型スコップを使う)、この円柱を両手で抱え込んでゆっくりと手前に引っ張る。掘る深さは硬い雪まで、新雪が深いときは70cm以上掘り、円柱には力を加えないように作る。両手で引くときは円柱を壊さないように、均一に力をかけること。弱層があると、その面でスパッと割れる。弱い力で割れるようだと、非常に危険。ハンドテストは力の入れ方で結果が左右されやすく、主観的要素が大きいが、積雪の状態を自分の目で観察できるという利点がある。より主観の入りにくい方法に、ルッチブロックテストがあるが、大掛かりになり、時間もかかる。
積雪の状態は、斜面全体で均質とは限らない。雪崩の起こりそうな斜面に踏み込むときは、その都度テストをすることが望ましい。
雪山の中では、雪崩の危険をゼロにすることはできない。人にできるのは、より安全性の高いルートを選び、危険な場所での行動を最小限にすることだけである。
樹林の中で、樹木のない斜面があれば、雪崩が頻繁に起こる場所だと考えられる。一見歩きやすそうに見えても、迂回すべきである。樹木があっても細い場所、疎らな場所も要注意だろう。太い木があっても、予想を超える大規模な雪崩が発生する可能性もあるので、上方の地形を常に頭において行動しなければならない。
樹林帯より上の、疎林や樹木のない白い斜面では、細かい地形に注意する。谷地形の部分には雪崩が集中しやすく、尾根地形の部分は比較的安全である。上方の斜面の状態にも注意を払い、積雪の状態を考慮して、ルートを選ばなければならない。
視界が利かないときは、上方の様子がわからないため、判断は難しくなる。
尾根を歩くときでも、雪庇ができるところでは、雪庇に乗らないように注意すべきだが、どこまでが雪庇なのか、上側から判断することは、難しい。たとえ夏の地形を熟知していたとしても、多量の雪がつくと地形が変わり、視界が良くても元の地形がわからないことがある。足跡がついているかどうかは、安全かどうかの判断基準にはならない。雪の状態は刻々と変化し、一人目は落ちなくても、二人目が通るときに落ちることは、よくある。少しでも雪庇の疑いがあるなら、避けるか、短時間に通過すべきで、休憩場所にしてはいけない。
危険箇所がどうしても避けられない場合は、弱層テストを行い、危険なときにはそれ以上進まない。比較的安全と判断されるときでも、通過するときは安全地帯までのルートを確認し、一人ずつ通過する。待っている人は通過中の人に注意を払い、万一雪崩が起きた場合に、すぐに探せるようにする。また、斜面上方にも注意し、雪崩が発生した場合には、すぐに通過中の人に知らせる。
雪崩に巻き込まれた場合、雪崩が停止すると同時に雪が圧縮され、硬くなって、意識があっても自力では脱出が難しい。そのままでは窒息するか、低体温症によって死亡する。手で口元を覆うことで呼吸の空間が確保できれば、多少耐えられる時間が延びるが、助けがなければ自分ではどうすることもできない。一般に、埋まってから15分を過ぎると、生存率は急激に低下するから、あくまで安全を確認してからではあるが、雪崩に巻き込まれなかった同行者または付近に居合わせた者が、まず救助の努力をするべきである。そのためには、雪崩ビーコン、ゾンデ、スコップの、3つの道具があるとよい。
埋没地点をすばやく探すためには、雪崩ビーコンがもっとも効率的だろう。1人1台携行し、行動中はスイッチを入れた状態にする。事前に使い方を確認しておきたい。雪崩のデブリの範囲から、埋没している可能性の高い場所を絞り込み、ゾンデを雪に刺して位置を確認する。
雪崩ビーコンがない場合、長さ20m以上の赤い毛糸の紐を丸めてポケットに入れておき、危険地帯通過のときに取り出して使う「雪崩紐」も、何もないよりはよい。紐により、埋没地点の捜索が「線」になり、発見の可能性が高まる。
参考文献
最新雪崩学入門 北海道雪崩事故防止研究会編 山と渓谷社 1996年