事故発生時

事故発生時の対応

事故現場との連絡体制の確保

 緊急の対応を要する情報が留守本部に伝えられた際は、まず、事故現場または事故情報発信元と常時連絡がとれる体制を確保する。留守本部において情報を受け取った者は、事故の発生場所、情報発信者の氏名、所属と連絡先を記録するとともに、留守本部が現地との連絡に用いるための電話番号等(状況によっては、無線のコールサインやE-mailのアドレスも想定される)を相手に通知する。以後、現地の情報発信者が留守本部と連絡を取る場合は、指定された連絡先へ連絡する。

 事故の第一報を伝える際は、確実に連絡が付く代表電話や研究室直通電話などが適しているが、それ以降の現地との連絡は、公的に広く知られている代表電話などよりも個人の携帯電話や別の研究室の電話番号等の方が都合良い。これは、事故がマスコミ等に発表された場合、往々にして代表電話が問い合わせでパンク状態となり、最も重要な現場とのやりとりに支障をきたすからである。また、代表電話にはこのほかにも警察、消防、在外公館など関係諸機関からの連絡が入る可能性が高いため、代表番号は出来る限り通話可能な状態にしておくべきである。

 

対策本部の設置と対応

事故情報が留守本部に入り次第、留守本部では事故対策本部を事前対策で作成したプロトコル通り速やかに設置する。事故対策本部長は基本的に本部常駐とし、全ての情報・権限は対策本部長に集中するようにする。
事故対策本部が果たすべき機能は以下の通りである。

現地との連絡・情報収集
関係機関への連絡、要請
マスコミへの対応
被害者家族との連絡
情報収集
情報公開
捜索隊を編成と派遣(必要に応じて)
資金の管理
こうした様々な作業に対応するため、対策本部には対策本部長のほかに本部詰め担当者が少なくとも2~3人程度必要である。また、英語圏以外の海外で生じた事故については必要に応じて通訳を配置する。交代要員も含めて、本部詰め担当者は5名~10名程度確保すべきである。担当者は交代制とし、事故現場の混乱が終息するまでは24時間体制で稼働させることが望ましい。対策本部には、インターネットに接続されたパソコン数台とプリンタ、複数の電話、ファックス、テレビ、ラジオ等を必要に応じて設置する。

1.現地との連絡・情報収集

 上述の通り、対策本部と現地との連絡を常時行うための連絡手段を確保し、情報収集を行う。可能な限り、時間を決めて定期的に連絡を取る。また、収集した情報はメモに残し、時系列に沿って保管する。

2.関係機関等への連絡、要請

 速やかに警察等の公的機関に連絡して指示を仰ぐとともに、必要に応じて捜索、救助等の要請を行う。警察、消防、在外公館など関係諸機関からの連絡は代表電話に入る可能性が高いため、代表番号は出来る限り通話可能な状態にしておく。これらの機関に対しては、留守本部(もしくは対策本部)への直通番号を伝え、以後の連絡はそちらへ取るよう依頼する。

 調査に際して保険をかけてある場合は保険会社に事故発生の事実を伝える。また、旅行会社にも速やかに事故発生の事実を伝えておく(特に海外の場合)。これらは、必要となる費用や関係者を現地へ派遣する際の移動手段を確保するなどの点で重要である。

 事故に遭遇したグループが複数の機関に所属する者から構成される場合は、それらの所属機関に対しても速やかに事故に関する情報を伝えるとともに、その後の対応に備えて常時連絡可能な体制を確立する。海外調査等の場合はカウンターパートに対しても同様に連絡可能な体制を確立する。

 これらの関係機関とのやりとりは全てメモに残し、時系列に沿って保管する。

3.マスコミへの対応

 事故が公的機関などに通報されてマスコミの知るところとなると、マスコミ等からの問合せで代表電話がパンク状態となる。マスコミに対しては専用の窓口となる電話を設け、代表電話にかかってきたものは全てその窓口へ誘導する。また、マスコミの取材が研究室の学生や直接関係のない職員に及ぶこともある。こうした出元の不確定な取材に端を発する報道が、あたかも確定情報のように世間にメディアを通して流されてしまうことがあるので注意が必要である。事態が終息するまでは、事故に関する私的な外部との通信はなるべく控えるようにするのが望ましい。

 マスコミへは、事故に関してその時点で知りえた情報をまとめて記者会見を開催する。記者会見の場で、被害者の経歴、職務(研究)内容、写真等の情報提供を求められる場合があるので、公表できるものについては必要に応じて資料を準備しておく。1回目の記者会見を開いた際にマスコミ側の担当社(または局)を決めてもらい、以降はそこを通じてマスコミ各社へ情報を配信してもらうようにしてもらうと良い。

4.被害者家族との連絡

 対策本部は事後処理までも含めて被害者家族と所属機関との連絡窓口となる家族対応の責任者を選任し、被害者家族への公的な連絡は責任者を通じて行うようにする。被害者が複数の場合は、家族ごとに責任者を置くことが望ましい。

 被害者家族についても同様にマスコミ等からの問合せで家族宅の電話がパンク状態となり、連絡が取りにくくなる可能性がある。このため、連絡担当者(複数名を決めて交代制とする)を被害者宅に派遣し、上述の家族対応の責任者の指示の下、留守本部(もしくは対策本部)との連絡を行う。この際の連絡手段としては、携帯電話が経験的に有効である。事故現場からの情報を被害者宅に伝える際にも、情報は一度対策本部を経由するようにする。遠隔地の事故では被害者氏名や事故状況などの情報が錯綜したまま複数の情報提供者から発信されることがあり、これらが被害者家族に直接伝わると無用な混乱を引き起こすので注意する。

 家族対応の責任者は本部からの情報を被害者の家族にワンクッションおいて伝える役割、マスコミ等からの質問・問い合わせに対応する役割も果たし、家族の心理的安定に貢献できるように努める。家族対応の責任者や連絡担当者はその役割上、事前から被害者の家族と面識がある者があたると良い。必要に応じて、カウンセラーなどを配置することも検討する。

5.情報収集

 現地や関係機関等からの情報を収集することは勿論であるが、事故が海外で発生した場合や大規模な自然災害(地震、津波、台風など)に起因する事故の場合は、マスコミの方が多くの情報を持っていることが少なくない。テレビ、ラジオ、Webページなどを通じてマスコミが発信する情報も積極的に収集する。また、現地へ赴いたことのある者、旅行会社、現地を紹介したWebページなどからも有用な情報が得られることが多い。これらの情報は、被害者家族への説明や今後の対応策の検討するための材料となる。

6.情報公開

 マスコミを通じて情報公開を行うとともに、Webページなどにより必要な情報を独自に公開してゆく。情報開示は本部の重要な役割のひとつである。事故は時には当事者のみの力で解決できるものではなく、公開された情報によって集まった周囲の支援・ボランティアではじめて解決されることがあるからである。

 対策本部には全ての情報・指揮能力が集中するため、不利な情報が隠ぺいされたり改ざんされたりする危険性も含んでいる。しかしながら、対策本部長は組織にとって仮に不利な情報であっても確定的なものならば、それをきちんと記録し積極的に公開する義務がある。

7.捜索隊を編成と派遣(必要に応じて)

 被害者が現場で即座に救出できない場合や行方不明となってしまった場合、対策本部は現場に赴き捜査・救出作業を担当する捜索隊を編成する。実際の捜索隊の形態は、事故現場にいる被害を受けなかった研究者で編成されるもの、事故対策本部で編成されて現場に向かうもの、現地の警察・軍隊(海外)・自衛隊(国内)・消防隊等で編成されるものなど他種多様である。いずれの場合も、対策本部は捜索隊との連絡体制を堅持し、リアルタイムに情報をやり取りする努力をせねばならない。捜索隊が研究者のみで編成される場合は、以下のような注意が必要である。

(1)研究者は捜索や救出のプロではないことを自覚し、自分だけの能力で救出できる限界を冷静に見極める。警察・レスキュー等の支援が受けられる場合は積極的にこれを活用する。
(2)捜索・救出にあたって二次遭難が予想される場合には、絶対に現場には近づいてはならない。
(3)原則として、学生を現場での捜索活動に参加させてはならない(二次遭難時に補償する根拠が無い。やむを得ない場合は山岳保険などに加入した上で安全に万全の配慮を払うこと)
(4)行方不明者の捜索を行うときは、地元の官公庁やマスメディアを積極的に利用し、捜索者・情報提供者の実質的な数を増やすことに努める。
(5)被害者の家族・親族を現場捜索に参加させることは、二次遭難の発生や捜索現場の混乱を招く恐れがあるので、事態が終息するまではできる限り慰留に努める。

8.資金の管理

 事故が発生するとその対応のために様々な費用がかかる。捜索に必要な費用(ヘリコプターのチャーター費用等)だけでなく、関係者や家族が現地に赴くめの交通費、現地や関係機関との連絡に必要な通信費など、枚挙にいとまが無い。これらのうち保険でカバーされるものはどの費用なのか、そして保険でカバーされない費用を何処からどのように捻出するのかを対策本部は検討しなければならない。必要に応じて寄付金を募ることも必要になる。また、このようにして集められた資金を管理するのも対策本部の重要な役割である。

 保険でカバーされる費用であっても、直ちに保険金が支払われるわけでは無いので、当座の活動資金が必要なる。また、事故の初動段階では必要な費用をその時点で準備できるかどうかでその後の経過が変わってくることもありえる。平時から事故発生時に備えて直ぐに運用可能な資金を準備しておくことも有効である。

 

事故発生現場での対応フローチャート

以下は、山岳遭難対策講習などで用いられる事故発生時の行動フローチャートである。これは、ほとんどそのままフィールド調査中の事故にも適応できるので、最小限手を加えたものを示す。

 

メンタルケアと専門家への連絡

大きな事故が発生した後に、被害者本人・被害者家族・捜索救援隊メンバー等がPTSD(Post Traumatic Stress Disorders: 心的外傷後ストレス傷害)を発症する可能性がある。これは、大きな事故や悲惨な出来事を経験したことがトラウマとなり、神経症・精神身体症の症状をおこすものである。発症した場合の症状は、離人症・失感情・悪夢・睡眠障害・対人恐怖・鬱・パニック障害など様々である。対策本部は、カウンセリング専門家を仲介する、精神科を受信させる等の方法で、これら事故関係者の心理的安定性を確認するべきである。PTSDについては、現在、多数のホームページが存在し、情報はかなり頻繁に更新されている。

赤城高原ホスピタルPTSDのHP http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/PTSD.htm

日本トラウマティックストレス学会のHP http://www.jstss.org/jstss/index.html

以下の項目は事故後に極めて重要となるが、現段階では充分な情報量と専門家の分析がないため関連のURLのみ記載し追って加筆するものとする。