資料編

救急救命法とケガの手当(資料編)

 ここでは、投薬や手術などの医療行為を行わない範囲内での救命行為について述べる。気道確保・人工呼吸・心マッサージ・止血・包帯・骨折時の固定法・急病対策・運搬・救護などの技術が含まれる。これらのうち、蘇生法(気道確保・人工呼吸・心マッサージ)と止血法は事故発生時の現場対応で最も重要な項目である。

事例
北アルプス槍ヶ岳などで過去に発生した複数の大規模な落雷死亡事故の分析結果によれば、死亡者の過半数の死因は、感電によるショック死ではなく、意識不明による舌根沈下が引き起こした呼吸困難であった。衣服が燃えたり、登山靴が破裂したりする現象も体内を大電流が通過した際の瞬間的発熱などから生じる副次的なもので、直接の死因とはなっていなかった。このため、直撃を受けなかったものが蘇生作業を行っていれば、回復していた可能性も高い。 

 救急救命法は、正確な知識をもち、かつトレーニングを行わないかぎり遭難現場で使い物にならない。また、中途半端な蘇生術や止血法は(むやみな止血帯の使用など)、最悪の場合には被害者の様態を悪くし、助かるはずの被害者を死に至らしめるケースもあるので注意が必要である。ただし一方において、仮に要救助者が死亡したとしても、重過失さえなければ救援を行った者の責任は問われない(この「良きサマリア人法」は日本では法制化されていないが、刑法上の事実上の不文律となっているので、実際に訴訟が起きた例はない)。このため、講習などで身につけた技術であれば多少の不安はあっても躊躇せずに積極的に活用すべきである。救急法の講習会は日本赤十字社の主催で頻繁に開かれている。講習会の内容は、救急法(一般講習・救急員養成コース)・水上安全法(一般講習・救急員養成コース)・雪上安全法(一般講習・スキーパトロール員養成講習)などに分けられるが、このうち最低限受講しておきたいのは救急法一般講習である。この講習は、講習時間が5時間と短く(救急員養成は6日計18時間、資格試験あり)、蘇生法と止血という最も重要な部分だけを講習するものである。同様の講習は消防署も行っており、こちらは3時間・8時間・24時間などのコースを設定している。内容は各自治体ごとにかなり違うので、個別確認が必要である。また、最近の講習会では、救急車への引き渡しまでの生存率を上げるために(一般人に難しいことを教えない)、敢えて、脈拍確認を省略したり、止血点を教えず直接圧迫止血のみの指導にしたりと簡略化が目立つ。しかし、フィールドに直接救急車が到着するケースはほとんどあり得ないので、これらの救急法についても知っておくべきである。消防署に依頼して講習を行う場合は、これらの項目について確認した方がよい。

日本赤十字社 http://www.jrc.or.jp/

東京救急協会 http://www.teate.jp/

1.要救助者が発生した場合には

 まず、周辺の状態を確認して要救助者以外のメンバーを安全場所に避難させると共に、要救助者を安全場所に搬送する。時間を争う現状の場合は、内容により以下のように対処する。

(1)交通事故・落石・毒虫・蛇などの場合
    救助者側が二次災害を受けないように十分に注意しながら、要救助者を安全な場所に移す。交通事故の場合は二重事故を発生させないように交通誘導を行う。毒虫・毒蛇などの場合は、発生源から遠ざける。

(2)転落・雪崩
    即座に救援することが難しい場合や二重遭難の危険が考えられる場合は、緊急時連絡を取り、応援を要請する。雪崩の場合、二重遭難に注意しながら出来る限り早急に掘り出す。多雪地、豪雪地で行動する際はあらかじめ雪崩ビーコンの装着とテストを行っておきたい。ビーコン非装着の場合は雪面に向けて大声で名前を呼び返事を聞き取るとともに、ストックやテントポールなどを利用してゾンデリング(雪面を突き刺して埋まっている場所を探すこと)を行う。

(3)上下肢などの切断事故、大出血
    即座に止血を行い血液の流出を防ぐ(後述)。緊急時連絡を行い搬出方法の決定後、病院まで搬送する。

(4)心臓発作・脳出血・意識不明
    意識の確認、呼吸・脈拍の確認(生命のサインの確認)、気道確保をしたのち蘇生法に入る。脳出血や頸椎損傷が疑われる場合は、なるべく頸部・頭部を動かさないようにし、気道確保も頭部後屈ではなく下顎挙上によって行う。

2.止血法

 救急法で現場で最も良く用いられるのが止血法である。直接圧迫法と間接圧迫法に分けられ、大きな出血の場合は両者を併用する。直接圧迫止血は傷口をガーゼ等で押さえ、その上から強く圧迫する方法で、傷口が小さい場合はこれだけでほとんど対応できる。しかし、手指・四肢切断や頭部の大きな裂傷の場合は出血量が多く、直接圧迫では不十分なので間接圧迫止血を併用する。間接圧迫止血を行うには、事前に救急法講習などで止血点の場所と、その場所での圧迫法を覚えておかなければならない。以下に、よく起こるケースでの止血法を簡単に示す。

(1)落石や倒木による頭部表皮からの出血
    頭蓋骨の損傷や脳挫傷を伴わない頭部表面の出血の場合、出血量は多いが概して重傷には至らない。直接圧迫止血を行い、止まらない場合は浅側頭動脈(こめかみ)を間接圧迫止血する。

(2)指の大きな切り傷または切断
    通常の切り傷は直接圧迫止血で充分だが、深く傷を負った場合や指を切断した場合は、指の根本を横から強く圧迫する。また、数本の指にまとめて傷を負った場合は、指の根本を4本同時に圧迫する方法もある(写真)。

(3)上腕の大きな切り傷または切断
    動脈の破損の可能性が高い場合は、即座に脇の下(腋窩動脈)を下から上に押し上げ、または上腕を左右から挟む形で圧迫(上腕動脈)することで間接圧迫止血を行うと共に、必要に応じて止血帯を用いる。
止血帯は時間の管理をきちんと行わないと患部周辺を壊死させ、逆に重傷になることがあるので、安易に用いてはならない。患部から心臓に近いところ3-5cmの地点を三角巾などで縛り、止血開始時間を三角巾にマジックなどで記入し、30分おきにゆるめる。

(4)下肢の大きな切り傷または切断
    直接圧迫止血を行い、大腿動脈の断裂が考えられる場合は、即座にそけい部間接圧迫止血(足の付け根の内側を強く押さえる)を行い、それでも止まらない場合は止血帯を併用する。
  なお、怪我が大きい場合は、ショック症状が強く出る場合がある。皮膚が青白い・発汗・頻脈・頻呼吸などが見られるときには、保温し足高仰臥位(ショック体位)をとらせる。

主要な止血法について、写真で説明する。

 <<図(写真)が入ります>>

3.蘇生法

 意識不明が疑われるときは、以下の手順で蘇生法を行い、緊急連絡後、医療機関に引き渡す。蘇生法は必ず赤十字または消防署で講習を受けておくこと。以下の流れを何度も実際に繰り返し、反射的に動けるようにしておくこと。

(1)意識の確認
    「大丈夫ですか?」と肩を叩きながら大声で耳元で叫ぶ

(2)助けを呼ぶ
    「誰か来てください!」

(3)救援者に指示を出す
    「あなたは救急車を呼んでください」
    「あなたはAEDを持ってきてください」
    と、講習では教わるが、フィールドでは無理なので、様子を見ながら緊急連絡を行う。

(4)生命のサインの確認
    要救助者の口元に救援者の頬を近づけ、呼吸の確認する。
    頸動脈などで脈をとる。あまり時間をとらずに数秒で気道確保に移る。

(5)気道確保
    口腔内に異物がないのを確認し(異物があれば除去)、頭部後屈により気道を確保する。頸部または頭部の大きな障害があるときは下顎挙上を行う。

(6)呼吸の確認
    再度要救助者の口元に頬を近づけ、胸の上下を見る。

(7)人工呼吸、心臓マッサージ
    人工呼吸2回をおこない、軌道を確保する。呼吸の回復を見る。
    心臓マッサージ30回と人工呼吸2回のペースで蘇生術を行なう。
    救急隊の到着、回復のいずれかがはっきりするまで、救援者が交代しながら継続する。

  現在おこなわれている救急法一般講習ではAED到着後にこれを使用することになっているが、フィールドではAEDは使えないことを前提として流れを覚えておく。

4.吐瀉物・異物の除去について

 口内に異物が詰まっている場合は指で掻き出す(この際、感染症に注意すること)。また、軌道内に異物が詰まっている場合や大量の水を飲んでいる場合は、以下の2方法の方法ではき出させる。ハイムリック法 要救助者を背後から抱え、腹上に手を組んで引き上げる。 成人には最も有効な方法だが内臓を傷つけるおそれのある乳幼児や妊婦には行わない。背部叩打法 子供、妊婦などの場合、後ろから抱えて手のひらで背中を強く殴打する。小児・乳児の場合は、片手で体を抱え上げ、抱えたままもう一方の手で背中を強めに叩いてやる。

(写真をのせる)

5.包帯法・固定法

 止血が完了し、外傷部位を消毒したら、患部にガーゼを当てて上から包帯でくるむ。包帯の末端は本結び(ロープワーク参照)で行う(本結びだとゆるみが少なく、病院到着後に医師が包帯をほどきやすい)。
  骨折・捻挫の場合は、現場で形状を無理に修復しようとせず、要救助者の負担が最も少ない形で固定する。骨が外部に飛び出した開放骨折の場合も、無理に骨を元に戻すのではなく(開放骨折は消毒も困難な場合が多い)、患部の上から消毒薬をしみこませた大型のガーゼをかけ、そのまま副木をあてて、三角巾などで固定する。
  副木は低木の切れ端やストック、新聞紙・段ボール、ビニール袋に空気を入れたものなど様々なもので代用できる。冷静になって周辺を見回し、使いやすいものを探す。
  通常のフィールド調査中に骨折や捻挫が多いのは上腕部、鎖骨、足首などでいずれも転倒時などに生じる。これらのケースでの包帯の使い方は、赤十字などの救急法講習会で習得し、訓練しておいて損はない。固定は三角巾を使用して行うと、多様な結び方が出来て便利である。
  三角巾を使用した上腕骨折時と捻挫時の包帯法の写真を載せる。開放骨折と通常の骨折の図解をのせる。

6.搬送を待つまでの体位

 フィールドでは事故発生から搬出を開始するまでの時間が一般に長く、この間に要救助者にどのような体位をとらせて休ませるかは、体力の消耗度合いやショックの軽減、苦痛の軽減などにかなり影響を与えるので重要なポイントとなる。ここでは、主要な回復体位を数例挙げるので、実習によって確実に習得されたい。

(1)回復体位(側臥位)
    呼吸はあるが意識のない傷病者の場合、横を向け、下側にくる手を枕代わりにする。頭部は後屈させて気道を確保し、口を下に向けて吐瀉物が自然に下に流れ出るようにする。足は曲げて体全体を横向きで安定させる。

(写真を入れる)

(2)ショック体位(足高仰臥位)と減痛体位
    いずれも意識・呼吸共にある傷病者を上を向かせて寝させ、上半身よりも足を上げるものである。出血性ショックや貧血時は足の下にザックなどを敷き、30cm程度上げる。腹痛の場合は膝を曲げて腹部の緊張を緩和させる。

 (写真を入れる)

(3)頭高仰臥位
    意識・呼吸共にある傷病者のうち、頭部の怪我・脳血管障害などの際は頭を持ち上げて上向きに寝かせる。

 (写真を入れる)

(4)心臓疾患時の体位
    心臓疾患で胸を押さえて苦しがっている傷病者は寝かせると余計に苦しがることがある。この場合は、地面に座らせて上半身を椅子やザックにもたれかけさせると比較的楽になる。

 (写真を入れる)

7.搬出法

 事故が発生したときに、救援する側の人数(一人or複数)、安全地帯までの距離、搬送資材の有無などで手法は大きく変わってくる。基本的には、傷病者の傷害部位になるべく負担をかけないことと、搬出する側に過度の力がかからないようにすることができれば、どのような運び方でも良い。実際の現場では、どのように運んでもお互いに負担がかかるものなので、相対的に負担の少ないものを選ぶしかない。

(1)ドラッグ
    事故現場から要救助者を近くの安全地帯に引きずり出す方法。要救助者の背面にまわり、上体を起こして脇の下から手を回して引きずる(要救助者の腕のつかみ方に注意:写真)。頭部・頸部・腰椎の損傷者には使用しない。運ぶ側が2名いる場合は、もう一人が足を持ち上げる。(写真)

(2)背負い搬送
    意識が回復した要救助者を背負う場合は、短距離ならば単純に背負うだけでよい。しかし、長距離移動の場合は、背負った要救助者がずり落ちてくるのを防ぐために、背負子や背負紐をつかって運ぶ必要がある。背負い紐はスリング・雨具・ズボンなど紐状にして使えるものを適宜利用し、8の字のバンドを作って要救助者の足に通して背負い上げる。

(写真を入れる)

(3)担架による搬送
    頭部外傷(頭蓋骨の骨折や脳挫傷が疑われるケース)、頸部外傷、手足・腹部の骨折や裂傷、意識不明のケースでは担架を作って運ぶしかない。

 手持ちの材料と周辺の樹木な度を用いて簡易担架を作成する。

ツェルトやテントフライ、ビニールシートなどの大型の布と低木の幹が2本用意できれば最低限の担架は作ることが出来る。

(写真を入れる)

8.症例別の手当て法

(1)熱中症
    「熱中症」は高温下の活動などで体温調節機能が異常をきたした状態の総称である。頭痛・めまい・吐き気・痙攣などの症状を起こし、体温の異常な上昇、昏睡、死亡にいたる。身近ではあるが重大な疾患である。進行状態によって以下の4通りに小区分される。

熱痙攣 脱水状態で電解質不足のために手足などに局所的に痙攣を起こすもの。

熱疲労 暑さにより吐き気・めまい・大量発汗・顔面蒼白などが生じた状態。

日射病 熱疲労が進行し、皮膚が乾燥し紅潮した状態、体温が上昇し脈拍増加。

熱射病 熱中症の最終段階。40度を超える体温、意識障害、前身痙攣、死亡。

 現場での対応は、とにかく涼しいところに移して体温を下げてやることに尽きる。ベルトやボタンをゆるめ、頸動脈や腋下動脈、そけい部に濡れたタオルや氷嚢をあてることで、太い動脈を急速に冷却する。水分補給は慎重に行う必要がある。電解質不足が原因になっている場合が多いので、水だけを大量に飲ませるのは良くない。塩分を加えるか、スポーツドリンクなどをとらせる。熱射病まで進行したものは、体中に水をかけるなどして急速に冷却しないと重篤になる。

(2)下痢
    特に海外の途上国で耐えられないほどの腹痛に襲われることがある。多くは急性腸炎や水あたりであるが、赤痢などの重大な感染症の場合もある。下痢が止まらずに腹部が痙攣したり、虚脱状態を訴えるようになったら危険である。このようなケースでは医療機関までの距離が遠かったり、医療体制そのものが脆弱だったりすることも多いので、素人であっても最低限の自衛策は採らざるを得ない。最も問題となるのは、下痢が治まらずに脱水症状になることで、これが原因での死亡例もある。市販されている胃薬や止瀉薬で改善が見られない場合は、ブスコパンを服用し胃腸のぜん動を止めると症状が治まることが多い。腹痛が治まったら薄い塩水や塩を加えたお茶などを充分に給水し、全身状態の確認を行いながら医療機関に搬送する。

(3)熱傷(やけど)
    テント泊やたき火などの際に発生することが多い(硫酸などの薬品によるものはここでは取り上げない)。

 衣類の上から熱湯がかかったり衣類ごと燃えた場合は皮膚が衣類と癒着しているので、むやみに脱がせずに衣類の上から水をかける。小規模の熱傷であれば、消毒後に外用抗生物質を塗布してガーゼを当てた上から包帯を巻く。重度の熱傷で皮膚の深部や筋肉まで被害が及んでいるケースや熱傷面積が広範な場合は冷却したら直ちに医療機関に搬送する。搬送途中での呼吸困難や外傷性ショックには充分に留意したい。

(4)低体温症
    寒冷な場所で充分な防寒具無しで行動した場合や、発汗・強風によって体温が奪われた場合に発生する。重度の場合、意識が混濁し凍死にいたる。虚脱状態や歩行のよろめき、眠気、会話の混乱などが出てきたら危険である。即座に行動・調査を打ち切って症状の回復に努める。基本的な対処は熱中症の逆で、濡れた衣服は着替えさせ、シュラフなどに入れて保温する。腋下、そけい部を使い捨てカイロや湯たんぽで暖めることで体温を取り戻す。温かい飲み物を飲ませるのは良いが、アルコールは血管収縮作用があるので良くない。体温が下がった状態で風呂などに入れることも危険である。

(5)凍傷
    低温の影響によって末梢部の血管が収縮して血液循環が悪化し、その結果組織の一部が凍結したり破壊されたりした状態をいう。高緯度・高標高地帯での冬期のフィールド作業で普遍的に発生する。フィールド調査では皮膚の一部が黒ずんで脱落したり、水疱が生じたりする症状が大部分である(被害段階ではI度(軽度)もしくはII度(中度)に相当する)。さらに進行するとIII度(深部性凍傷)となり、皮下組織・骨まで破壊されて黒変・壊死する。III度は治癒せず切断となることがある。

 手足の指と顔面(鼻・頬・耳たぶ)が最もやられやすいので、手袋、靴下、目出帽等の防寒装備を充分にして、それらを雪や汗で濡らさない、強風をあてないことが重要である。

 調査中に手足の指が痛んだり、感覚がなくなったりしたら摩擦や衣類の取り替えで血行を促進する。完全に皮膚感覚がなくなり、皮膚が白くなったら重症化しかけているので即座に作業を中断し、患部を暖める。40度前後のぬるま湯に30分~1時間程度つけて回復を試みる。