概要:
同じような環境変化にさらされながら、数を減らす生物がいる一方で、新たな場 所へ急速に分布を拡大する生物も存在する。このような生物の空間分布や動態パ ターンがどのように決まっているのかを明らかにすることは、古くから生態学に おける重要な課題となってきた。近年では、種の絶滅リスク評価や外来生物の分 布拡大予測さらには気候変動への生物の応答予測といった応用的・社会的ニーズ も加わり、空間的・時間的に大きなスケールで生じる生態学的事象を対象とする マクロエコロジー分野の発展はめざましい。
マクロエコロジーが対象とする大スケールでの事象は操作実験によるメカニズム の特定が困難な場合が多い。その状況を補うために有効な手段の一つとして、多 数の種もしくは機能群を対象にした比較アプローチ(種間比較)がしばしば用い られる。種間比較を行なうことで、どのような進化・生態的特性をもつ種(機能 群)がより特定の環境変化に対して脆弱であるか、一方で新たな場所に移入した 場合に高い侵略性を発揮するかといった生物の空間分布・動態パターンの決定メ カニズムについての知見を得ることが可能になる。さらに、このような種間比較 研究が多数行なわれることで幅広い分類群についての知見が蓄積されれば、空間 分布・動態の決定メカニズムに関する生物の進化・生態的特性を考慮した一般測 を導くことが可能になると期待できる。
生物の空間分布・動態の決定メカニズムを明らかにすることを目的に種間比較を 用いた研究はマクロエコロジーの発展とともにその数を増しているものの、日本 国内での例はいまだ少ないのが現状である。本企画では、鳥類・昆虫・植物など 幅広い分類群を対象に生物の空間分布・動態がそれらの生態学的特性とどのよう に関連しているかを分析した最新の研究を事例に、マクロエコロジーの考え方を 紹介することとしたい。