| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


一般講演(口頭発表) E2-04

長期餌資源制限がニホンジカの生活史特性へ及ぼすフィードバック効果の可能性

*梶 光一(東京農工大・農),高橋裕史(森林総研・関西)

ニホンジカの強度な採食圧が長期継続している日本各地の森林内では,シカの嗜好植物が消失し,見かけ上餌が無いにもかかわらずシカの高密度状態が維持されている。このメカニズムを明らかにすることを目的とし,1957-65年に3頭のエゾシカが導入されて以来,爆発的増加と崩壊を繰り返した後に,高密度状態(47頭/km2)が維持されている洞爺湖中島において,長期餌資源制限がニホンジカの生活史特性へ及ぼすフィードバック効果を検討した。過去30年間にわたってエゾシカが植生へ与えた影響を調べるとともに,長期的な採食圧が及ぼす利用可能な餌種の変化,その結果としての体サイズ・繁殖力・個体群成長を評価した。

洞爺湖中島では高密度化とともに嗜好植物が消失し,主要な餌は1980-84年冬季にはササ・枝・樹皮,1985-2004年は通年でハイイヌガヤ・落葉,2005 年以降は落葉へと変化した。初回の群の崩壊が起こった1984年に体の小型化が生じたが,その後,メスの体重は密度依存的に変動し,1998-2005年冬季の成獣メスの体重は1982年冬季に比較して15-26%減少した。成長の遅れによって初産年齢が2歳から4歳へ上昇したが,3歳以上のメスの妊娠率および秋季の成獣メス当たりの子連れ率は比較的高い値で推移した。餌資源制限は子の冬季死亡率に影響し,一冬に生残した子の数,すなわち春季子連れ率が個体群制御に強い影響を与えた。洞爺湖中島では,群の崩壊を生き延びた個体群が極度な餌資源制限下で代替餌を開拓し,成長を犠牲にして繁殖力を維持してきた。

ニホンジカは体重と繁殖の生活史特性を変化させることによって,長期な餌資源制限に耐えることができ,この表現型可塑性が爆発的増加と崩壊後にも高密度を維持できる要因であると示唆された。


日本生態学会