| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P1-264
カシノナガキクイムシ(以下ではカシナガと略す)の穿入を受けたブナ科樹木が枯死する被害が近年,突発的に大発生している.カシナガ被害は,これまで1934年に南九州で始めて確認され,1980年代以降急速に拡大し,おもに日本海側の冷温帯林で発生している.しかし,1934年よりも前にカシナガがいなかったのかどうかはわかっておらず,ただ知られていなかったというだけで別の表現をされていた可能性がある.現在,カシナガが拡大中の長野県栄村に残る古文書からカシナガ被害の可能性がある記述が見つかったので報告する.
文久3年(1863年)の史料「島田汎家文書1030」によると,およそ2,30年前の出来事として,1)天保年間(1830〜1844年)に白毛太夫(クスサン)が発生してクリ・ナラなどを喰いからしたこと,2)その後の雪で倒れたこと,3)少なくなった分をブナで補ったこと,などが記されている.しかし,クスサンはブナ科のクリやコナラなどの葉を食い尽くすことはあっても樹木自体を枯らすことはない.一方,この枯死被害をカシナガによるナラ枯れであると考えると,文書の記述の説明がつく.また,ブナで補ったという記述についても現地調査から妥当であると考えられる.クスサンは表面上枯損の原因に仕立てやすかったためにカシナガの被害をクスサンの被害と記述したのではないかと考えられる.
文書の記述を解釈することでカシナガ被害が近世末に発生した可能性を示したが,クスサンでもカシナガでもない別の病虫害の可能性や,実は住民が御林の木を伐採してしまった言い訳の虚偽が記されていただけの可能性もある.このイベントに関して新たな古文書や他地域での被害に関する記述を検討し,近世末期のカシナガ被害について注意深く判断する必要がある.