| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨


企画集会 T28-3

温帯林構成樹種ツリバナでみられる遺伝的分化のパターンとその歴史的成立過程

岩崎貴也(首都大・牧野標本館)

日本列島の温帯林(落葉広葉樹林)は現在、北海道南部から九州までの広い範囲に分布している。これまでの研究で私は、葉緑体DNAの多型を用い、ウワミズザクラ、ホオノキ、アカシデなど複数の温帯林構成樹種における種内の遺伝的分化のパターンを明らかにしてきた。東日本における「日本海側-太平洋側の遺伝的分化」は多くの種で共通してみられたパターンの一つである。これは日本海側と太平洋側に分かれて存在していたレフュジアから分布拡大した集団が氷期後に二次的に接触することによって形成されたと考えられる。最終氷期を経て形成された遺伝構造が、二次的接触の後もそのまま維持されるのか、それとも自由に混じって解消されていくのかという問題は、日本列島における歴史的な分布変遷の影響の大きさを理解する上で重要である。そこで、日本列島の温帯林で広く普通にみられるツリバナ(ニシキギ科)について、葉緑体DNA非コード領域と核SSRマーカーを用い、東日本における詳細な遺伝的分化のパターンを調べた。その結果、両方のマーカーで、東日本全体では現在でも非常に強い遺伝的分化が維持されていることが分かった。境界線付近に着目してみると、東北地方ではある程度広い範囲で自由に交雑している様子がみられたのに対し、中部山岳地帯では二地域間の遺伝的分化はかなり強く維持されていた。特に、最深積雪などの特定の気候条件が劇的に変化している集団間では山脈が無くても個体の移動が強く制限されていた。また、両者の交雑集団は必ず太平洋側地域でみられ、日本海側から太平洋側への片方向の移入が示唆された。このことから、日本海側・太平洋側それぞれに生育しているツリバナ集団は、これまでの氷期-間氷期の分布変遷の過程において、異なる気候条件に適応して強い生態的分化を遂げており、それが現在の両地域間での遺伝子交流を妨げている可能性が示唆された。


日本生態学会