| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨 |
シンポジウム S10-3
生息環境の違いに応じた個体レベルの形質の変化を、表現型可塑性と呼ぶ。個体の形質はどんな環境のもとでどのように変わるのか? その結果、個体の生活史や個体群・群集の動態にはどんな影響が及ぶのか? 生態学において表現型可塑性の研究とは、これらの疑問に答えることであり、個体と環境とが織りなす複雑な相互作用を探求することにほかならない。一方で、表現型可塑性は発生学や生理学の研究対象にもなっている。環境シグナルに対する遺伝子レベル・生理物質レベルの応答の結果が、個体の形質変化として現れるからである。
エゾアカガエルのオタマジャクシ(オタマ)は外敵のエゾサンショウウオ幼生(サンショウウオ)の捕食リスクにさらされると、サンショウウオに丸呑みされるのを防ぐべく、頭胴部の上皮を厚くし、頭胴部全体を膨らませる(膨満化)。最近の生態学的研究から、膨満化はオタマの個体数を維持するよう機能するだけでなく、池の生物群集にさまざまな波及的影響をもたらすことがわかってきた。例えば、普通のオタマがいる実験群集に比べて膨満化したオタマがいる群集では、サンショウウオが代替餌種を多く利用する分、サンショウウオの成長が遅く、代替餌種の個体数が減る。また膨満化したオタマが数多く生き残る分、餌となる落ち葉の分解も早い。オタマの膨満化のメカニズムを解明すべく、発生生理学的な研究も行われている。例えば、サンショウウオに暴露されたオタマと非暴露オタマの遺伝子産物の挙動を比較した研究によると、上皮組織でのウロモジュリン遺伝子やケラチン遺伝子の発現制御が膨満化のカギになっているらしい。以上のように生態学的研究と発生生理学的研究はそれぞれに成果を上げてきたが方向性は全く異なる。では生態学と生理学が融合するのはどんなときだろうか? 特に、生理学の成果は生態学に貢献しうるのか、これまでの知見をもとに考えてみたい。