| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第59回全国大会 (2012年3月,大津) 講演要旨
ESJ59/EAFES5 Abstract


シンポジウム S03-3 (Lecture in Symposium/Workshop)

原発事故の鳥類への影響――チェルノブイリ事故を例に

樋口広芳(東大院・農)

原子力発電所からの放射性物質の大量放出は、私たちの生活をさまざまに支える自然や生きものの世界に、どのような影響を及ぼすのだろうか。本報告では、この問題への参考になる事例として、旧・ソ連(現・ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故が生物多様性や生態系に及ぼした影響、とくに鳥類の繁殖や生存などへの影響についての研究事例を紹介する。紹介するのは、フランスのA. P. メラー教授らの研究グループによる一連の研究である。

チェルノブイリの高濃度汚染地域で調べられたツバメでは、 血液や肝臓中のカロチノイドやビタミンAやEといった抗酸化物質の量が、対照地域と比べて有意に減少している。抗酸化物質の減少は、雄の精子異常や羽色の部分白化などをもたらす可能性がある。実際、チェルノブイリのツバメでは、部分白化個体の割合が原発事故前にはゼロであったのに対して、事故後には10~15%に増加している。部分白化が著しい個体ほど、つがい形成率は低い。チェルノブイリのツバメでは、白血球数や免疫グロブリン量の減少なども認められている。これらの減少は、免疫機能の低下を示唆している。生活史形質の変化については、チェルノブイリのツバメは23%の雌が非繁殖個体で、繁殖に必要な抱卵斑をもたない。汚染地域では一腹卵数や孵化率も有意に減少している。生存率は、対照地域と比べて雄で24%、雌で57%少ない。

このように、チェルノブイリの原発事故は鳥類の生活にさまざまな影響を及ぼしている。本年3月に起きた福島の原子力発電所の事故も、今後、さまざまな形で生物多様性や生態系、そして私たちの生活に影響を及ぼしていくことが予想される。そうした影響を、チェルノブイリでの研究を参考にしながら、私たち日本人は責任をもって追跡・監視していく必要がある。


日本生態学会