| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第61回全国大会 (2014年3月、広島) 講演要旨 ESJ61 Abstract |
一般講演(ポスター発表) PB3-145 (Poster presentation)
近年日本ではニホンジカ(以下,シカ)の個体数増加によって森林下層植生の採食圧が高まり,各地で深刻な植生衰退を招いている。シカによる下層植生の衰退は,窒素吸収量の減少によって窒素流出量が増大するだけでなく,土壌被覆効果が低下することにより,降雨時に直接流出が増加して窒素流出パターンが変化する可能性が考えられる。本研究は,京都大学芦生研究林の冷温帯針広混交天然林で行った。2006年6月に13ha全周を防鹿柵で囲った集水域と,それに隣接する19haの対照集水域において,それぞれ5地点ずつ渓流水を毎月平水時に採水した。また,各集水域末端において2010年から2011年にかけて降雨時に1-2時間間隔で採水した。水質は,土壌から渓流へと流亡しやすい窒素形態である硝酸態(NO3-)に着目し,その濃度をイオンクロマトグラフ法で,窒素及び酸素の安定同位体を脱窒菌法によって測定した。平水時のNO3-濃度は,防鹿柵集水域において,柵設置後から年々低下する傾向を示した。一方,降雨出水時においてNO3-濃度の常に高い対照集水域と,防鹿柵集水域間の濃度差をとると,植物の展葉期,成長期,落葉期で降雨に対して異なる応答を示した。すなわち,下層植生の存在が,降雨時に流出するNO3-の流出パターンに季節性を与えることが示された。NO3-の窒素・酸素安定同位体比は,平水時,降雨時とも両集水域間で有意な差が認められなかった。降水と渓流水の酸素同位体比の違いから推定される,渓流水中のNO3-の降水寄与率は出水時においても10%未満であった。このことから,シカによる下層植生の衰退によって,降雨のNO3-の直接流出量が増加するのではなく,土壌微生物によって生成されたNO3-のうち吸収されず余剰となった分が,渓流へと流出することが分かった。