| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨 ESJ64 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-C-101 (Poster presentation)
対馬暖流域に生息するマアジでは、様々な海域で様々な時期に発生した複数のコホートが、対馬暖流に輸送されて下流の若狭湾に加入し、体長100mm未満の稚魚においてコホートごとに異なる外部形態を示すことが明らかになっている(多型現象)。特に、沖合海流域を長距離輸送され、より大きな体長で沿岸に加入するコホートは側扁型を、より小さな体長で加入するコホートは流線型を示す傾向が見られている。このような多型の生成機構として、遺伝的分化説、選択的生残説、表現型可塑性説の3仮説が想定されるが、本種に関する既往の集団遺伝学的研究の結果は、いずれも遺伝的分化説に対し否定的である。
そこで本研究では、選択的生残説の可能性について、稚魚の外部形態の測定データに基づく数値シミュレーションにより検討した。選択的生残説のシナリオとしては、沖合海流域から沿岸域に加入する過程で、捕食や摂餌成功の成否を通じた選択を受け、流線型が選択的に生き残るものとした。側扁型と流線型の中間的な外部形態を示すコホートを“選択前コホート”、流線型の外部形態を示すコホートを“選択後コホート”と位置づけ、選択前コホートの形質データの平均と標準偏差を模した計算上のコホートに対し、より側扁型をした個体の除外を、平均が選択後コホートと同じ値に至るまで繰り返し、標準偏差を選択後コホートと比較した。選択実験は、ブートストラップ法により各形質100回実施した。
その結果、選択後コホートの標準偏差は、人為選択を受けた計算上のコホートの標準偏差よりも統計的に有意に大きな値を示した。また、計算上のコホートの生残率を、稚魚の形態形成上のモジュール構造(形質間の相関構造)を踏まえて計算すると、既往研究の仔魚期の生残率より著しく低い値を示すことが判明した。これらの結果から、本種の稚魚期多型は選択的生残説(のみ)では説明できず、表現型可塑性が寄与している可能性が示唆される。